群馬県、沼田市、甘楽町、紅鶴、りんご、新品種

知られざるりんご王国・群馬の「紅鶴」~注目の新品種はこうして誕生した。No.007

更新日:2023/09/22

「10年に一度の逸材」と呼ばれ、瞬く間に市場を席巻した人気のぶどう、シャインマスカットのように、末永く愛されるヒット品種を―。次世代のスターを生み出そうと奮闘する、日本の農林水産の舞台裏を訪ねます。りんごの収穫量全国7位、関東で1位(※)と、群馬県が知る人ぞ知る、りんご王国であることをご存じですか? 県育成のオリジナル品種もこれまでに8種。その期待のルーキーが「紅鶴」です。

※農林水産省 令和4年産「作物統計調査」

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群馬生まれの新品種のりんご「紅鶴」。撮影は9月初旬、県南部の甘楽町にある農園で

知る人ぞ知る、りんご王国
群馬で生まれた期待のルーキー

群馬県を鶴の形に例えるならばちょうど左翼の肩あたり、県北部の沼田市にある中山間地園芸研究センターを訪ねたのは9月初旬。赤く染まった「紅鶴(べにづる)」の果実を指さしながら、これで半分程度の色づきなのだと松井郁人(まついふみと)さんは言います。

「収穫適期の紅鶴は、鮮やかな赤色で姿かたちが抜群にいい。シャキシャキして甘いだけでなく酸味もあって濃厚な味。りんごらしいおいしさを持つりんごです」と松井さん。

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群馬県農業技術センター 中山間地園芸研究センターでりんごの育種を担当している松井郁人さん。現在は紅鶴の普及に取り組みながら、次の品種の開発に着手している

1960年代からりんごの品種開発に積極的に取り組んできた同県では、県外でも人気の「ぐんま名月」をはじめ過去に7品種を育成。8品種めの紅鶴は、10月中旬の端境期に収穫できる県オリジナル品種として、1990年代から20年以上をかけて誕生しました。その間に研究員も交代、3年前から松井さんが担当しています。

群馬県のりんごは農園での店頭販売など直売がほとんど。シーズンを通して途切れることなくお客さんを魅了する品種があるかどうかは、りんご農家にとって切実な問題です。それゆえに新品種には農家から大きな期待が寄せられています。

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収穫適期を迎えた紅鶴。丸く整った形と真っ赤に色づいた果皮が美しい

一方で、紅鶴は「ふじ」やぐんま名月といった広く普及している品種とは樹の特性が異なるために、戸惑う農家もいるそうです。葉摘(はつ)みや摘果(てきか)といった作業の手間は少なくてすむものの、紅鶴に合った方法で管理をしないと樹がうまく育たない、ということもわかってきました。

「僕らに迷っている暇はありません。農家さんのためにひとつずつ問題を解決し、一緒に産地を盛り上げていくのみです」と松井さん。その柔和な口調に熱がこもります。

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PICK UP! >> 紅鶴(べにづる)

群馬県農業技術センター 中山間地園芸研究センターが1990年代から開発に取り組み、20年以上の歳月をかけて育成した群馬県オリジナルのりんご「紅鶴」。紅鶴は県育成品種の「あかぎ」と「陽光」の端境期である10月上~中旬に収穫シーズンを迎える。シャキシャキとしたしっかりめの果肉は、糖度約14%と甘く、ほどよい酸味をもつ濃厚な味わい。丸く整った形と鮮やかな濃赤色の果皮をもつ、美しい見た目は贈答品にもぴったり。なお、鶴の名前は、群馬県民にはおなじみの「上毛かるた」の「鶴舞う形の群馬県」に由来する。紅鶴の栽培は群馬県内に限定されており、市場流通はほとんどしていないため、食べてみたいという方はぜひ県内各地にあるりんご農園へ(※)。

SPECIFICATION

品種/紅鶴
育成地/群馬県
品種登録/2016年
交配/陽光 × さんさ

※紅鶴の栽培や販売についての状況は農園ごとに異なります。お出かけの前に各農園まで直接ご確認ください

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【取材ノート】
群馬県農業技術センター 中山間地園芸研究センターのりんごの圃場で、紅鶴の樹を見せてくれた松井さん。同センターには、開発のなかで生まれたオリジナルの原木の流れを継ぐ4本の紅鶴の樹木が存在する。ここから枝分けした若木が県内各地のりんご農家のもとへ。8月下旬~12月のりんごのシーズンを通して群馬県オリジナルの品種でリレーができることは、りんごの産地を盛り上げる上で重要な意味合いをもつ。紅鶴はこれまで端境期だった10月上~中旬の間を担う、期待の星。

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【取材ノート】
中山間地園芸研究センターの松井さんに、ふだんはどんな仕事をしているのかを尋ねてみたら快く実演してみせてくれた。圃場で栽培したりんごの果実の硬度を調べたり、果汁を絞って糖度を計ったり・・・。地道な研究があってこそ群馬県の気候や土壌に合ったりんごが生まれているのだと感じ入った。

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【取材ノート】
今回、群馬県南部の甘楽町(かんらまち)にある農園でも「紅鶴」を撮影させてもらった。紅鶴のほか「ふじ」や「ぐんま名月」などの定番人気から希少な品種まで、12種のりんごを栽培。「紅鶴は『おいしい!』というお客さんからの反応がとてもよくて、励みになります」と園主。りんご好きの直売のお客さんからの評判が特に高いという。

もともと群馬県では地場産業の養蚕を支えてきた桑畑が、時代の移り変わりとともにりんご栽培などに転用されるようになった。日照時間が多くて寒暖差の大きい気候風土に合っていたこともあり、県内各地でりんご栽培が盛んに。なかでも甘楽町は県内で最も温暖なりんご産地。

取材日は曇りがちだったが、この農園からは赤城山や榛名山などの山々がきれいに見えるという。秋の空気が澄んだ時期に、直売のりんごを買いにいくドライブ旅をしたら楽しそう!

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【取材ノート】
1960年に設立された群馬県農業技術センター 中山間地園芸研究センター。りんごのほかにブルーベリーやミョウガ、夏秋シーズンのトマトなど、群馬県の中山間地域に合った果樹や野菜の品種育成、ならびに栽培技術の開発に取り組んでいる。

PHOTO/MANABU SANO
※メトロミニッツ2023年10月号「今日もどこかで第2のシャインマスカットが生まれている。」に加筆して転載

※記事は2023年9月22日(金)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります