農家さん直伝! 野菜の本当においしい食べ方~静岡・わさび~【連載エッセイ】

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その野菜の本当においしい食べ方を教えてもらいに、人気フードライターの白央篤司さんが農家さんの台所を訪ねる連載エッセイ。今回の主役は寿司、刺身、蕎麦と日本料理に欠かせないわさび。日本一の産出額を誇る静岡県へ、高品質で知られる中伊豆のわさび田を訪れました。

更新日:2021/08/24

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「 畳石式」と呼ばれる石積みの棚田が一面に広がる「筏場のわさび田」 

七夕の翌日、伊豆へと向かった。
中伊豆は日本屈指のわさびの産地、7代にわたってわさびを栽培する塩谷美博(しおやよしひろ)さん(63歳)を訪ねたのだ。「うちなんて短いほう。長いところだと14代続く家もあるからね」と事もなげに言われる。静岡県のわさび栽培は一説によれば約4百年もの歴史があるとも聞く。
まずわさび田を見るかね、と言われて「はい!」と即答。美博さんの車に付いていく。山と山の間を縫うようにして進めば、道脇にはヤマユリが誇らしげにいくつも咲き、日陰にはヤマアジサイが隠れるようにたたずむ。橋が見えたと思ったら、未知の景色が広がった。山間(やまあい)の沢すべてが石積みのわさび田になっている・・・! 渓流ひとつがわさびの密集する段々畑と化していて、興奮した。息を吞んだ。人間とはすごいものを作り出すものだな。ここは大見川上流に位置する筏場(いかだば)というエリアで、伊豆最大のわさび産地とのこと。独自性のある伝統農業として、世界農業遺産・日本農業遺産にも認められている。
塩谷さんのわさび田のそばには湧き水のスポットがあった。砂利の中から止めどなく出ずる天城山系の水。しばしその流れに手をひたし、豊かな冷たさを感じていた。これがわさびを育てるのか。火山性の堆積層をくぐってきた水でもあり、その成分が栽培に好適でもあるらしい。滔々(とうとう)、という言葉の魂が手先から伝わってくるようだった。

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塩谷さん家の食卓に並んだわさび料理たち。手前から時計回りに、わさび漬けの挟み焼き、わさび漬け、わさびの茎の佃煮と三杯酢漬、焼きナスの生わさび添え

わさび栽培は通年行われ、1年から1年半ほど育てたものが出荷される。どんなふうに日頃食べているのか、場所を塩谷さんのお宅に移して教えてもらった。
「お刺身以外だと、おろししょうがでやるところをわさびで、ということが多いですね。焼きなすや豆腐にわさびもおいしいんですよ」と妻の美和子(みわこ)さん。わさびの茎をシンプルに醤油で煮たり、三杯酢に漬け込んだりしたものは常備菜だ。美博さんの母親から習ったものだという。5キロは入る大きなタッパーいっぱいに仕込まれたわさび漬けは、香りの良さが格別。「酒粕に砂糖、焼酎、みりん、はちみつと昔からのものだけを混ぜて作っています。そういうのが、農家の味ですね」と美和子さんが目を細める。なんともまろやかなわさび漬けだった。それらのレシピは長男の妻・みなみさんに受け継がれてもいる。「このわさび漬け、チーズと一緒にはんぺんで挟んで軽く焼くとおいしいんです。おろしたわさびがあまったら、マヨネーズと混ぜてディップにしたり、ホットケーキミックスと混ぜてマフィンにすることも。バターと一緒にしてパスタの風味づけに使ってもおいしいんですよ」と、自在なアイデアがあふれ出す。刻んだ茎をたっぷりのせて、チーズとキノコでピザにすることもあるそう。わさびの知らなかった「顔」をたくさん教えてもらった。
「はい、これおみやげ」と美博さんがとれたてのわさびを持たせてくれる。冷水をきれいに通年保つのが、わさび栽培では何より大事なことと教わった。落ち葉などの堆積物を取りのぞき続ける労苦がしのばれる。そんな手間ひまがあって、ここまで育ったんだよな。しばし塩谷さんのわさびを手に握ってみたら、あの谷の絶え間ない瀬音が心によみがえってきた。

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【取材風景より】上/わさび田を案内してくれた塩谷美博さん(中央)とわさび料理を教えてくれた美和子さん(右)、みなみさん 下/塩谷美博さんの長男、将文(まさふみ)さん。収穫したわさびから不要な茎や根を取りのぞいていく 

伊豆のわさび農家・塩谷さん家に
教えてもらったレシピ

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わさび漬けの挟み焼き

わさび漬けとチーズをはんぺんで挟み、少々のサラダ油をひいて軽く焼いたもの。酒粕とチーズとわさびを、なめらかな魚肉のすり身が受け止め、幾重にもうま味と香りが重なる

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焼きなすの生わさび添え

一般的におろしたしょうがで食べるものは、わさびでも違う良さを見せると今回の取材で知った。油でこんがり焼いたなすとわさび醤油の相性の良さ、ぜひお試しあれ

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わさびの茎の佃煮と三杯酢漬

わさびは茎もおいしい。刻んで醤油と砂糖だけで煮たもの、三杯酢に漬けたものは塩谷家の定番だ。風味はまろやかでやさしく、食べ飽きない味つけ。地元に根付いた箸休めである

伝統栽培で育つ静岡県のわさび

静岡県はわさび栽培発祥地。県内各地で栽培が盛んで、産出額日本一。江戸時代、美食家の徳川家康が献上品のわさびを気に入り、門外不出の御法度品としたと伝えられています。その静岡県のわさびは、JAタウンしずおか『手しお屋』でお取り寄せすることができます。

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2つの「農業遺産」に認定されています

静岡県の産地で多く見られる、清らかな水が湧く山間に棚田状のわさび田を築いて栽培する伝統的農法は、2017 年に農林水産省の「日本農業遺産」に、2018 年には国連食糧農業機関(FAO)の「世界農業遺産」に認定されています。

[ 世界農業遺産認定地域 ]
静岡市、伊豆市、下田市、東伊豆町、河津町、松崎町、西伊豆町

[ 日本農業遺産認定地域 ]
上記の地域 + 浜松市、富士宮市、御殿場市、小山町

文・白央篤司

はくおうあつし フードライター、料理家。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。『オレンジページ』、CREA WEB、ハフポストなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など。企業へのレシピ提供も定期的に行っている

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PHOTO/YOSHITATSU EBISAWA
※メトロミニッツ2021年9月号「行ってきました、農家さんの台所。」より転載

※記事は2021年8月24日(火)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります

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