東京都・浅草編_ローカリズム~編集長コラム【連載】

更新日:2022/08/20

行きつけができることで 東京がそのぶん好きになって 僕はまたこの町の広さを知る

新しくできた友達は
浅草で毎日カレーを作っている

 大人になればなるほど「友達」というものはできにくくなるような気がしますが、だからといって僕らの日々に人との新しい関係性が生まれていないかといえばそんなことはありません。たぶん僕たちは大人になるにつれて、他人との関係に「友達」という言葉を使わなくなっていくのだと思います。仕事で関わる人、知り合いが紹介してくれた人…。その人たちはたぶん友達ではなくて、別の言葉で自分の中にカテゴライズされていきます。幼いころはもっとシンプルだったけど、僕たちは大人になるにつれ、自分の中の言語を複雑にしているのかもしれません。

 僕にとって、もりへーさんはたぶん今年できた「友達」です(先輩なので怒られそうだけど敬意をこめて)。

 僕は蔵前と浅草橋の間にある鳥越という町に部屋を借りていて、そこで働いたり創作をしたりしています。彼女はある日曜日に、その部屋に僕の後輩と一緒にやってきました。

 もりへーさんはそのとき、僕の部屋から20分くらいの場所にあるカフェで間借りのカレー屋さんをしていました。僕らにはたくさんの共通の知人がいて、出身も同じ群馬県でした。彼女は物知りで、おしゃべりが上手で、美味しいカレーを作りそうな雰囲気(どんな雰囲気だ・・・)を持っていました。

 数週間後の週末、おなかが減ったので外でなにか食べようと部屋を出た僕は「もりへーさんの所に行ってみよう」と思いました。そしてぼんやりと歩きながら「珍しいな」と考えました。仕事柄たくさんの人に会うので、僕は休日にそうやって人に会いに行こうと思うことがあまりありません。そしてふと、僕は自分がもりへーさんのことを「友達」だと思っていることに気がついたのです。

 もりへーさんはこの夏、間借りを卒業し、浅草にカレー屋さんをオープンしました。彼女はいま、そこで日々カレーを作ることに集中しています。そして新しいお店はセンスのいい彼女らしく、ナチュールワインや日本酒など、お酒も飲める場所になっていました。僕は花屋でカスミソウを買って、そのお店にも、やはりひとりで向かいました。その時も同じように、気のおけない友達を訪ねるような感覚でした。

 日本中を旅するように動き回る毎日です。でも東京にそういう止まり木のようなお店があることは、とても嬉しいことだなと思います。この町は広いけど、そうやって行きつけが増えることで、少しずつ狭くなっていく。でもやっぱり東京はまだまだ広く楽しい。うまく言えないけど、言葉にするなら そんな気分です。

Illustration/YOSHIE KAKIMOTO
※メトロミニッツ2022年9月号より転載 

※記事は2022年8月20日(土)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります