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静岡県立美術館

VOL.35_静岡県編_ローカリズム~編集長コラム【連載】

更新日:2023/11/20

秋晴れの気持ちのいい午後 大好きな街のカフェで 大切な人に手紙を書くように

静岡県立美術館

念願だった静岡県立美術館の
ロダンのための部屋で考える

 フランスの彫刻家、オーギュスト・ロダンの代表作である「地獄の門」は世界に7つ現存し、そのうち2つが日本にあります。ひとつは上野の国立西洋美術館。もうひとつが静岡の県立美術館に。ロダンといえば「考える人」の像が広く知られていますが、あの人はこの地獄の門の扉の上に座っている人が抜き出されたものです。

 僕はいま静岡でこの文章を書いています。秋晴れの気持ちのいい土曜日にぱっちりと目が覚めた僕は、念願だった静岡県立美術館にある「ロダン館」を訪問しました。それはロダンの彫刻のために作られた部屋で、その中心には大迫力の「地獄の門」が鎮座していました。今でもまだ少し心の底の方が興奮しているのがわかります。

国立や県立などの大きな美術館の面白いところは、なんといってもそのスケール。例えば青森県立美術館にはシャガールがメキシコで描いたバレエ「アレコ」(春夏秋冬のうち3枚を所蔵)の舞台背景画のための展示室があります。倉敷の大原美術館はエル・グレコの「受胎告知」のための部屋が、直島の地中美術館はモネの「睡蓮」5点を自然光だけで鑑賞できる建築で有名です。

静岡県立美術館のロダンの部屋は、固い静寂に包まれていました。そしてそこに置かれた彫刻たちは、美術館閉館後の真夜中にその部屋を動き回っているのではないかと思えるほどの生命感に溢れていました。

その部屋の真ん中に置かれている「地獄の門」は、言葉を失うほどの迫力でした。その閉じられた地獄へ続く門の前で、僕はしばらく動けませんでした。


 ダンテの「神曲」を愛読していたロダンは、その神曲の「地獄篇」の中のあまりに有名な銘文である「汝らここに入るもの一切の望みを棄てよ」という言葉から着想を得て、この門を作ったと言われています。これは1880年、パリの装飾美術館のための入口門扉の制作を政府から依頼されて制作されました。発注した政府も「天国篇」「煉獄篇」「地獄篇」の三篇からなる「神曲」の中から、まさかこんなものがあがってくるとは思わなかったんじゃないかなと思います。少なくとも僕だったらそう思います。そこにはある種の狂気のようなものがある。とてもパブリックな場に置くものとして相応しいとは思えません。でもあるいはそれがフランスの芸術に対する懐の深さなのかもしれません。

 ちなみに12月10日まで開催している企画展の「大大名(スーパースター)の名宝」で観た狩野派の屏風絵や襖絵も素晴らしかった。特に狩野探幽の作品は、さすがに知られているだけあって、ちょっと図抜けてよかったです。ミュージアムショップで狩野派の本を買って、僕は美術館をあとにしました。

 こういう偶然の出会いがあるのも、アートの楽しいところですね。

 そして僕は静岡鉄道に乗って静岡市内に戻り、冷たい日本茶を飲みながらこの文章を書いているというわけです。さすがお茶所。この街にはこうやってコーヒーの代わりに日本茶が楽しめるカフェが点在しています。僕は静岡という街がけっこう好きで、定期的に訪れるようになりました。富士山が見えて、よく晴れていて、静かで、海も山も近くて、なにより文化の匂いがする。東アジア文化都市に選定されたのもうなずけます。この街は文化的高揚感と、ぼんやりと午後を過ごすにはうってつけのちょうどいい喧騒が共存しているのです。

 ひとやすみしたらパソコンを閉じて、さっき買った狩野派の本を読みたいと思います。そしてここに入る前に見つけたレコード屋でレコードを掘って(知らない街のレコード屋の楽しさよ)少し散歩したら、夜は焼津であがったマグロを肴に静岡の地酒を飲もうと思います。

 狂気的な作品を鑑賞した昼と、酔いどれの夜の気の抜け方のギャップ。世界の振れ幅に自分が「考える人」になってしまいそうですが、僕は僕で凡人なりに、今夜も酔っぱらっていつまでたってもまとまらないことを、それでもやっぱり考える人になるのです。

※メトロミニッツ2023年12月号より転載 

※記事は2023年11月20日(月)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります