編集長・フルカワコラム 神奈川県・逗子市

VOL.34_神奈川県・茅ヶ崎市編_ローカリズム~編集長コラム【連載】

更新日:2023/10/20

旅に出る理由も意味も すべては自分の中にある それを教えてくれる先輩のこと

旅をするような日々の中で
辿りついたひとつの視座

小沢健二が「僕らの住むこの世界には旅に出る理由がある」と歌ったのは90年代のことで、大学生だった僕はその曲が収録された「LIFE」というレコードを穴が開くほど聴きました。ポール・サイモンの「You Can Call Me AI」と「Late in the Evening」のフレーズがサンプリングされたその楽曲は「こういう歌の作り方があるんだ」と素直に感動したし、その未来が開けていくような壮大さには、胸をキューっと締めつけられるような気持ちになったものです。

フィンランドの作家トーベ・ヤンソンの書いたムーミンシリーズが大好きです。中でもムーミン谷でテントを張って暮らし、秋が来てムーミン達が冬眠の準備に入る頃、静かにひとり谷をあとにして南へ旅立つスナフキンの生き方に、幼い頃は憧れを抱いたものです。

大人になって、編集者になり、気づけばメトロミニッツというメディアをカバンに入れて、僕は全国の街を訪ねるようになりました。あちこち移動し、行ったことのない街でご飯を食べてお酒を飲み、知らない街のホテルで目が覚めるということを繰り返すうちに、僕は「旅に出る理由を探す」ことよりも「旅とはなにか?」ということに興味が移っていきました。言い換えれば「どうして僕たちには旅が必要なのか?」ということに。

僕たちは基本的に同じような毎日を過ごしています。だいたい同じ時間に起き、同じ場所に向かい、同じ人たちと会話をする。そしてその永久運動のような円の中で、さまざまなことを抱え込み、こじらせ、でもその円から逃れられずに生きています。いわばそれは回り続けるメリーゴーランドに乗っているようなもの。だから僕たちはそこから離れる時間が必要で、きっと僕らには旅が必要なのです。


では「旅とはなにか?」。

旅をする毎日の中で、僕はひとつの思いに至りました。それは「旅というものは移動することではなく、生き方のスタイルのひとつかもしれない」ということです。急にわけのわからないことを口走りましたが、言い換えるとそれは「旅人の自分」を心の中に持ち続けられているかどうか? ということかなと思います。遠くまで移動してもなにも見ていない人もいるし、どこにも行かなくても遠くまで見えている人がいる。変わりばえしない毎日も、うまくいかない日々のことも、旅人の視座を持って向き合えば、すべて移ろうものになる。一般論のように聞こえますが、そんなんじゃなくて。

僕にそのことを教えてくれたのはミュージシャンのCaravanでした。彼の歌からは、僕らは「日々を旅している」のだということがありありと伝わってくるのです。

9月のある日曜日の午後に、僕は彼と一緒に茅ヶ崎の里山公園という里山のゴミ拾いをしました。海のイメージの強い茅ヶ崎ですが、市の北部には美しい静かな里山が広がっています。しかしその場所は静けさゆえに夜は暗く、ゴミの不法投棄が問題になっています。彼はそのゴミを仲間と拾い始めました。僕もそれに参加させてもらったのです。残暑の残る秋の午後、黙々とゴミを拾いながら里山を歩くと、そこにはびっくりするようなごみが捨てられていました。でもそれは、旅をしているような気持ちの午後でした。ゴミのことなんて、近くに住んでいるのにぜんぜん知らなかった。

その里山公園で、彼らがずっと温めていた「農業」と「食」と「音楽」のフェスが開催されます。たくさんのお店が集まり、音楽のライブが行われます。旅人のような彼の仲間たちが、素晴らしい空間を作るのだろうと想像します。会場にはゴミ箱は設置されず、ゴミを出さない工夫と、持ち帰る気持ちをシェアしていくそうです。そしていつかこのフェスの収益で、この場所に街灯を設置し、誰もごみを捨てない里山にしたいと、彼は語ってくれました。

自分の中にいる旅人の心を眠らせなければ、僕たちの毎日は繰り返しなんかじゃないし、僕らは旅をするように生きていける。それを教えてくれる仲間がいる。メトロミニッツを作ることも、僕たちにとっては旅をしているようなものかもしれません。僕たちはそれぞれの旅の途中で、出会えているのかもしれません。

11/3開催「HARVEST PARK」

神奈川県の茅ヶ崎市にて開催される、食×農×音楽を融合させたイベント。茅ヶ崎の里山エリアで、美しい田園風景を眺め、地産地消の食と農、そして温かな音楽を楽しめる。

開催日時:2023年11月03日(祝・金)10:00〜16:00
開催場所:県立茅ヶ崎里山公園 多目的広場
参加アーティスト:Caravan、Delicious Grapefruits Moon、Keishi Tanakaほか

※メトロミニッツ2023年11月号より転載 

※記事は2023年10月20日(金)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります