野菜のちから、青果店、清澄白河、八百屋

【清澄白河】地元想いの青果店「野菜のちから」店主が、全国の畑を訪ね歩くわけ

更新日:2023/07/20

清澄白河の『野菜のちから』は、全国の信頼する生産者から仕入れた青果を扱う八百屋。店主の今野徹さんは、「流通のニッチな部分を支えたい」と言い、各地の生産者の畑を訪ね歩きます。その今野さんの案内で、フードライターの白央篤司さんが神奈川県茅ケ崎市の伊右衛門農園へ。店主と農園主のやりとりから見えてきた、『野菜のちから』が思い描く「流通のかたち」とは?

「半径2キロ」の食卓を大切にする、八百屋店主の想い

野菜のちから、清澄白河、茅ケ崎市、伊右衛門農園
上/伊右衛門農園の畑で育つ、露地栽培のトマト。数日後に赤く熟したものが『野菜のちから』の店頭に 下/『野菜のちから』店主の今野徹さん(左)と茅ヶ崎市の伊右衛門農園園主の三橋清高さん

畑の様子や生産者の熱量をも
消費者に届けていけたら

直売所のすぐ隣はいんげんの畑だった。40センチぐらいの高さに育ったいんげんが一列に並び、子どもの小指の先のほどの可憐な白い花をいっぱいに付けている。その下には実ったばかりのいんげんが。なるほど、こんなふうに実るのか。向かいにはとうもろこしやトマトの畑も広がる。神奈川県の茅ケ崎市で22代にわたって続く、伊右衛門農園を私は訪ねていた。

「こちらの野菜に出合ったのは10年前、ほうれん草が最初でした。えぐみがなくて甘さがある。根っこがうまいから、根も食べろなんて教えてくれて。やっぱり、ちゃんと作られた野菜には力があるなとあらためて思いましたね」

その力をもっと食卓に届けたい――という一念で日々活動されているのが今野徹(こんのとおる)さんである。彼の言葉でいえば「八百屋の店主」であり、信頼する各地の農園から直接旬の青果を送ってもらい、東京・清澄白河にある店舗で販売されている。屋号はダイレクトに『野菜のちから』だ。今野さんは取引のある農家を折にふれて訪ねている。

「今年は〇〇がよく育ってるとか、天候状況の話とか、そんな話をひたすら聞きます。畑の様子や空気感もお客さんに伝えたくて。実際に畑で見て、触って、感じていると言葉の迫力が違うと思うから」。来られるものなら毎日来たいぐらい、と言われた声に真剣味があった。

「まあ、監視に来てるような部分もあったり」と今野さんが言って、農園主の三橋清高(みつはしきよたか)さんが「だから変なもの送れないんだよなあ」と笑う。ふたりの信頼関係の厚さが瞬間伝わってきた。

野菜のちから、清澄白河、茅ケ崎市、伊右衛門農園
上/伊右衛門農園の畑の脇にある直売所には、絶えず客が訪れる。「ここの野菜で毎日献立を考えています」というファンも 下/この日の直売所には鮮やかなビタミンカラーのニンジンやトマト、枝付きの枝豆などが並んでいた

生産性や効率では計れない
個性ある作り手を応援したい

「先ほど『ちゃんと作られた野菜』なんて言いましたが、一般流通してる野菜を否定する気持ちは毛頭ないんです。そういう野菜がなければ全国の食卓はまわらないし、価格の問題だって大事なこと」。三橋さんも言葉を続ける。「量産する野菜とは根本的に作り方も違うからね。僕のやりたいことはまず野菜ごとに『こういう味にしたい』というイメージがあって、そこに向けて作り込んでいく感じで」。三橋さんに限らず、理想とする食味を追いかけて実現させている農家を応援したい、同時に彼らを食べ支える理解者(購入者)を少しずつでも増やしていきたいというのが今野さんの願いであり、仕事上のモチベーションとなっている。

安定供給のためには生産性や効率を重視した農業も商売も大事だし、欠かせないものだ。だが「それら以外」も豊かな社会であってほしいし、「その他のニーズ」をどう刺激して、消費者に意識を向けさせていくか。

「お客さんに『こないだの枝豆おいしかったけど、なんで?』なんて訊かれたとき、理由をパッと答えられるようでありたいんです」。農家さんの創意工夫を伝えると、単なる「おいしかった野菜」から「信頼できる作り手の野菜」と記憶の中の存在が変わる。他のも買ってみようかという興味も湧いてくる。話を聞いているうち、今野さんは「思いの流通」も担っているのだなと感じた。

野菜のちから、清澄白河、茅ケ崎市、伊右衛門農園
上/「ほお晴れ」という種なしスイカ。伊右衛門農園では、季節ごとに多品目の野菜を少量ずつ栽培している 下/ジャガイモの「タワラマゼラン」の出荷準備。直売所のほか、毎週土曜に市内で開かれる朝市にも出店

単に野菜を売るのではなく
選び食べる楽しみ方も伝える

畑ではずっと『野菜のちから』のスタッフさんが、三橋さんに各野菜の品種ごとの特長や調理法を丹念に取材されていた。三橋さんは「作るだけでなく、野菜を食べるところまで含めた楽しみ方を発信したい。そのへんがまだまだ出来てないなという渇きに似た思いがあります」と言う。

今野さんたちも野菜をまるごと使い切る方法や、飽きずに食べ切る、あるいは鮮度よく保つノウハウなどもお客さんに届けたいという思いがある。生産者と消費者をつなぐ上での「粒子の細かさ」のようなものに感じ入った。

実際に『野菜のちから』の店舗を訪ねれば、「このトマトとあっちの、味どう違うの?」「スナップえんどうってゆでてマヨ以外の使い方分からなくて」なんて質問するお客さんに出会った。各生産者から教えてもらった情報がそこで伝えられる。いや、聞いていて「手渡される」ような感触を覚えた。農家さんの知恵だけでなく、デリの調理担当の方のアイディアも伝えられるんだろう。あ、そうそう。『野菜のちから』はお惣菜販売もされている。仕入れ野菜を使ったおかず類が実に魅力的で、時には弁当やスープの販売もある。料理はほぼしない生活スタイルを選ぶ人もいる昨今、こういう形のアプローチも喜ばれるに違いない。

『野菜のちから』はターゲットを半径2キロ以内の人に絞っており、通販をしていない。「野菜を見て買い物できる人を増やしたい」という思いもある。だがコロナ禍以降「近所の食卓を支えたい」と2キロ内の宅配を始めた。ご年配の方には嬉しいサービスだろう。「いや、ご高齢の方は運動がてらよく来てくださるんですよ。一番忙しいのは子育て中のお母さん。雨の日なんか本当に大変そうだから」と今野さん。ああ、日々きちんとお客さんに向き合っている人だなあとまた感じ入った。流通の基本形を見た思いである。

野菜のちから

神奈川県茅ケ崎市の伊右衛門農園をはじめ、全国120軒超の生産者から仕入れた旬の野菜が並ぶ。曜日替わりで6店から届くパンや店内製造の惣菜も人気。

DATA

やさいのちから
TEL.03-6458-5508
住所/東京都江東区清澄2-7-9 村瀬ビル1F
営業時間/火~金 11:00~20:00 土・日・祝 9:00~18:00 月11:00~18:00(お菓子販売)
定休日/不定休
野菜のちから 公式WEB

取材・文 白央篤司

はくおうあつし/フードライター。「暮らしと食」、郷土料理がテーマ。『自炊力』(光文社新書)ほか著書多数。料理を作る人の心に寄り添う最新刊『台所をひらく』(大和書房)が好評発売中

Photo:ATSUSHI YOSHIHAMA , KATSUMI SATO
※メトロミニッツ2023年8月号「野菜と暮らしのディスタンス?」より転載

※記事は2023年7月20日(木)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります