香川県、高松市、屋島、石川直樹

【特集・わたしが旅に出る理由】石川直樹さんが待ちわびる屋島の春旅(香川県高松市)

更新日:2023/02/20

若くして七大陸最高峰に登頂し、辺境から都市まで世界中のあらゆる場所を旅してきた写真家の石川直樹さん。今いちばん訪れたいと願う日本は、厳しい冒険に挑む石川さんだからこそ心に染み入る、瀬戸内の穏やかな海でした

香川県高松市のシンボル、屋島からの眺望。市街地の先に見えるのは志度湾

香川県、高松市、屋島、石川直樹
夏。屋島から見た五剣山。麓の庵治にはイサム・ノグチの庭園がある

屋島の春を待ちながら

香川県高松市ではじめた写真学校も今年で8年目となった。1年で10回の講座をするため、ぼくは毎月のように高松を訪ねている。3時間の講座をするだけで東京にとんぼ返りするのはもったいないので、いつも講座の前後に周辺を旅し、8年経った今では四国四県にたくさんの縁ができて、四国という島をだいぶ身近に感じられるようになった。

中でも最近頻繁に通っているのが、高松市内のあらゆる地から視界に入る屋島(やしま)という名の山である。その名の通り、昔の屋島は島だったが、今は周囲が埋め立てられて瀬戸内海に突きだした半島になっている。最も高いところは標高292メートル、頂上部は扁平で、遠くから見ると平たい座卓のようにも見える。ぼくはこの屋島を高松の屋根だと思っている。

昨年4月から10月にかけてヒマラヤの8000メートル峰6座に登り、体重が8キロも落ちて、這う這うの体で帰国した。その直後、高松に来て久々に屋島に登ったのだが、荒涼としたヒマラヤの高峰から帰ってきたから余計に屋島という里山の穏やかさと、そこから見渡す多島海の風景が身に染みた。山頂から眺める瀬戸内海は絶景で、いつ行っても驚きがある。

香川県、高松市、屋島、石川直樹
冬には椿の花があちこちに

頂上付近に昔ながらの甘味処「桃太郎茶屋」があって「あんもち雑煮」なる郷土料理が名物になっている。白味噌のお雑煮なのに餅の中にあんこが入っているという代物で、初めはキワモノ感が否めず敬遠していたのだが、好奇心で注文してみたら見かけも味も上品でびっくりした。あんこが溶け出すわけでもなく、いい塩梅で甘さとしょっぱさが混じりあい、どんどん箸が進む。

その桃太郎茶屋の近くに「やしまーる」という美しい施設が昨年完成し、いつになく屋島が賑わいを見せている。設計を手がけたのは自分の友人でもある建築家の周防貴之(すおうたかし)さんで、山上の起伏を生かしたやわらかな佇まいの建物だ。

冬は木々が枯れて少々寂しい一方で、椿が最盛期を迎え、あちらこちらで花を咲かせていた。四国八十八カ所の霊場でもある屋島寺の庭にたたずみ、イサム・ノグチの作品が点在する庵治(あじ)を遠くに眺め、麓(ふもと)のわら
家でたらいうどんを食べたりしているうちにヒマラヤの疲れが癒されていった。帰国してもうすぐ5カ月になろうとする今、ぼくはまたネパールへ向かう準備をはじめた。目的地は標高8091メートルのアンナプルナⅠ峰という山である。アンナプルナは「キラーマウンテン」などとも呼ばれる危険な山で、登って降りてくる頃には再びぼろぼろになっているに違いない。

帰国を予定している4月中旬は屋島で満開の桜が見られる。やしまーるのベンチに座って桜を眺め、桃太郎茶屋であんもち雑煮をかみしめる春のうららかな日を夢見ながら、ヒマラヤの高峰に登ろう。春の瀬戸内海で落ち着いた日々を過ごせることを、ぼくは今から心待ちにしている。

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石川直樹さん

いしかわなおき 1977年生まれ。2011年に第30回土門拳賞。著書に開高健ノンフィクション賞受賞作の『最後の冒険家』(集英社)ほか

Photo&Text/NAOKI ISHIKAWA
※メトロミニッツ2023年3月号特集「わたしが旅に出る理由」より転載

※記事は2023年2月20日(月)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります