岩手県、山田町、明神丸、かき、ほたて、牡蠣、帆立、貝

世界一新鮮なホタテを。岩手・貝のまち紀行/新・日本さかな風土記

更新日:2021/12/20

三陸海岸のほぼ真ん中に位置する岩手県山田町は、澄んだ穏やかな湾内でホタテ、カキ、ムール貝と、数々の貝を育てる「貝のまち」。フードライターの白央篤司さんが歩く、滋養に満ちた貝食紀行を召し上がれ。

山田湾の海面に浮かぶ、養殖 用のイカダとブイ。波が穏やかで、 沖からの海流と陸から注ぐ川によ り絶えず水が循環する湾内は、格好の養殖環境

岩手県、山田町、明神丸、ほたて、帆立、貝
山田町でホタテとカキの養殖業を営む漁師、中村敏彦さんの案内で養殖場を見学中、引き上げたばかりのホタテを中村さんがナイフでパカっと開けて、「世界一、新鮮ですよ」と差し出してくれた

青く透明な海が育む
引き締まった肉厚のホタテ

盛岡駅で降りて車に乗り換え、山田町を目指したのは18時過ぎ。すっかり日も暮れていた。山あいの長いトンネルを抜けるといきなりの雪! ちらつくとか舞い散るなんてものじゃなく、何百匹もの白い豹が飛びかかってくるような吹雪だった。暗い雪の山道をおっかなびっくり進み、また長いトンネルに入って抜ければ雪は雨に変わり、太平洋が近づくにつれて夜空は澄んで月が現れた。こんな短時間に豪雪と穏やかな月の両方を経験するなんてなあ・・・。岩手県の地形のダイナミックな差異に感じ入る。その日の宿は海のすぐ近く、山田湾に月光がきらめく様は神秘的で吸い込まれるようだった。雪と星、月の明るさと静けさ。ああ、宮澤賢治の世界だ、私は今岩手にいる。
そうか。先の山からの水が、この湾に注がれているのだな。目の前のきらめきの下で育つ海の幸を、今回は取材に来たのだ。

岩手県、山田町、明神丸、ほたて、帆立、貝
明神丸(みょうじんまる)の船長で漁師の中村敏彦さん。観光客を船に乗せて養殖の現場を案内する体験観光(マリンツーリズム)にも熱心に取り組んでいる 

「今引き上げたのは2年半ぐらい育ったホタテ。山田湾の中でも沖に近いところでホタテは育ててます」
翌朝、ホタテ養殖業を営む中村敏彦(なかむらとしひこ)さんの話を船の上で聞いた。中村さんは山田町の漁師の家に生まれ、20歳のときに就漁。現在50歳のベテランだ。その日はさわやかに晴れて風もなく、海面も実におとなしい。水が澄んで、養殖用のロープに吊られて育つ海中のホタテもよく見える。
「夏はもっと透明できれいなんですよ。今はプランクトンの多い時期だからそんなに澄んでないけど、だからこそ冬はホタテが育つんです」
いろいろと教えてくれながら、作業を進める中村さん。ホタテの貝殻に付着した生物や海藻を手際よく刃物で削ぎ取っていく。「貝なた」というその刃物はスケールにもなり、大きさ別に選り分ける作業が同時に行われる。スピーディな動きに見惚れていたら「ひとつ味わってみてください」とホタテをむいてくれた。
ホタテを見て「たくましい」なんて言葉が出てきたのは人生で初めてだった。貝柱の厚み、4センチはある。口に入れて弾力の良さにまた驚いた。噛んでは味わい、噛んでは味わいをくり返すうち、妙な征服感に充たされる。そしてヒモのうま味の強さとコリッとした食感がまた・・・。ひとりおいしさにウットリしていたら、1羽のウミネコが船上にやってきて旋回し「クワーッ」と鳴いた。きっとあいつは羨ましかったんだろうな。

明神丸かき・ほたてきち

TEL.090-4314-3992(18:00?20:00)
住所/岩手県下閉伊郡山田町大沢9-89-14
※専門用紙でのFAX注文も可。詳細は公式サイトへ
※三陸やまだ漁協 産直市場でも受付

岩手県、山田町、明神丸、ほたて、帆立、貝
山田町は、道の駅やスーパーも貝コーナーが充実

貝尽くしの山田湾のお膳を
しみじみと味わう一夜

山田湾は北と南、ふたつの半島にはさまれている。太平洋と湾とを分ける部分が狭く、上から見るとさながら巾着のような湾形。この形のおかげで外洋の影響を受けにくく、養殖に向くのだそう。
山田湾にはたくさんのイカダとブイが浮かんでいるが、それらはすべて養殖用のもの。中村さんはホタテの他にカキ、ムール貝、ホヤなども育てている。まち行くひとに訪ねてみれば、「おめでたいときにはカキやホタテでお祝いしますねえ」「ホヤは買ったことない。誰かしらからもらうもの」なんて声も聞かれた。

梅乃家、岩手県、山田町
左/梅乃家でいただいた山田町産貝尽くしの献立は、ホタテのレアフライ、ホタテのヒモをオリーブ油と醤油で和えた小鉢、生ガキ、赤皿貝の炊き込みごはん。通常メニューにはないので来店前に相談を 右上/佐藤さん(左)から地元ならではの貝の食べ方を教わる筆者 右下/この場所で再出発して丸10年

「山田町のひとはやっぱり貝好きですよ」とは、料理店『梅乃家(うめのや)』のご主人、佐藤和久(さとうかずひさ)さん。山田町の貝の食べ方を教えてもらおうと訪ねたのだ。漁師の中村さんとは中高の同級生、扱う貝類は中村さんから仕入れている。
「子どもの頃、山田湾で泳いで疲れたら養殖イカダで休んで。漁師さんとも知り合いだから、その場でむきたてのホタテを食べさせてもらうなんてのは普通でしたよ」
疲労回復時にホタテのタウリンで栄養補給。ああなんと、うらやましい。佐藤さんは子どもの頃、よくシッタカ(巻貝の一種)を採ったそうだ。親に煮つけてもらい食べるのが好きだったと。夏ならホヤ、生だけでなく味噌汁にも入れるし、炊き込みごはんにもすれば、最近はキムチにもするそう。そして地元でおなじみの貝として見せてくれたのが、赤皿貝(あかざらがい)。
「おいしいんですけど、ホタテに付着してエサとなるプランクトンを食べちゃうので、養殖にとってはよくないもの。昔は『けっつぁらげ』なんて呼ばれてね。蹴るもの、という意味で」
蹴りたくなるぐらい邪魔なもの、ということだろう。だけどそのおいしさが近年再評価されている。小粒のホタテという感じだが、もう少し野趣がある。佐藤さんは赤皿貝の炊き込みごはんを作ってくれた。ごはんにしみた貝のうま味がしみじみとおいしい。
ふと店内の壁に目をやれば、「震災前の梅乃家」と書かれた写真があった。そう、山田町も東日本大震災の被災地である。以前のお店は津波で流失、2011年12月に現在の場所で再出発されたそう。そうか、ちょうど今月で10周年なのですね。どんな思いの日々でいらしたか。先の漁師の中村さんも、きょう話を聞いた山田町のみなさんも。
佐藤さんが出してくれたおつまみが忘れられない。ホタテのヒモを塩もみして、オリーブ油と醤油で和えたもの。オリーブ油と醤油って実は相性がいい。ヒモの強い潮の香とも調和する。「こういうのも、いいでしょう?」と誇らしげに笑う佐藤さんの表情が、すごくよかった。

食事処 梅乃家

TEL.0193-77-3939
住所/岩手県下閉伊郡山田町八幡町7-5 
営業時間/11:30~13:30、17:00~21:00 
定休日/日定休(予約の場合は営業)
※12/31~1/3休業

竹松や、岩手県、山田町
左/竹松や名物、赤皿貝とシュウリ貝のビスパネチェ900円。シュウリ貝は、ムール貝としておなじみのムラサキイガイのこと 右上/佐藤澤さん(奥)に貝料理に合うワインのおすすめを聞く筆者 右下/のれんをくぐると意外にもアメリカンな雰囲気

幼い頃から食べてきた
故郷の魚介の魅力に気づく

山田産の貝をユニークに食べられるお店があると聞き、『竹松や』を訪ねた。てっきり和食店だと思えば、店内はアメリカンダイナーといった雰囲気。「のり養殖をやっていた実家の屋号なんですよ」とご主人の佐藤澤一彦さん。中村さんや佐藤さんの高校の先輩で、みなさん野球部だったそう。
早速作ってくれたのが「赤皿貝とシュウリ貝のビスパネチェ」だ。
「どちらの貝もすごくいいだしが出ます。ビスパネチェはオランダの家庭料理で、いわゆるグラタンですね。本当は牛スジ肉なんかを使いますが、かなり自分流に変えています」
シュウリ貝も山田町ではおなじみのもの、佐藤澤さんも小さい頃からよく食べたそうだ。貝のうま味たっぷりのホワイトソースは米粉と牛乳をベースに仕上げられて、コクがあるのに重くない。海藻のフノリが入っているが、違和感なく調和しているのが発見だった。三陸地方は海藻も名物のひとつ、フノリだけでなく旬の海藻を入れているとのこと。
佐藤澤さんは19歳の年から20年ほど東京で料理人として過ごし、震災の1年後に『竹松や』を開店。
「子どもの頃は当たり前に食べていた地元の魚介の良さを、今あらためて思います」
そして山も近いから山菜やキノコもおいしいんですよ、と教えてくれた。佐藤澤さんは今後地元食材を使ってどんな料理を作っていくんだろう。また訪ねて、確かめてみたい。居心地のいいお店だった。

竹松や

TEL.080-5741-5719 
住所/岩手県下閉伊郡山田町中央町8-9 
営業時間/17:00~22:00 
定休日/月定休(不定休あり) 
※年末年始は通常営業

釜揚げ屋、岩手県、山田町
左・右上/釜揚げ屋で、中村さんの貝を豪快に浜焼きでいただく。テーブル料1卓1時間550円(最大5名・延長可)で、事前に購入した食材を各自で調理する 右下/店内の漁師の産直コーナーで新鮮な貝を選ぶ。持ち帰りも可能

貝は永遠の酒の呼び水
なによりもまず、貝なのだ

翌日もよく晴れて、冬の海風が意外なほどに柔らかい。旅の終わりに『釜揚げ屋』に向かう。名前のとおりうどん屋さんだが、店内の一角に浜焼きコーナーがあり、先に紹介した中村さんの貝が楽しめるのだ。ホタテは焼いて、カキ、赤皿貝、シュウリ貝は鍋で豪快に蒸していただく。
いい匂いの湯気が立ち昇って、たまらなくなる。ホタテは焼くと甘みが増すなあ・・・。そして蒸し貝、永遠に飲んでいられる。3種の貝から出た汁がまたおいしい。地粉と県産の醤油や昆布を使ったうどんも実にいい。訪ねたのはお昼どき、地元の方が途切れることなく来ていた。

貝でいっぱいになった腹をさすりつつ、帰りの新幹線で盛岡の地ビール『ベアレン』を楽しむ。ああ、山田町がどんどん遠くなっていく。頭の中で漁師の中村さんの言葉がこだまする。「冬のホタテは貝柱がうまいけど、春のホタテは卵巣がうまい。
生で食べたことあります? 足が早いから地元でしか食べられない。最高なんですよ」。くぅ、食べてみたい。来年の旅行1発目は山田町を再訪するかな。まずカイより始めよ、である。

釜揚げ屋

TEL.0193-82-2173 
住所/岩手県下閉伊郡山田町山田4-5-1
営業時間/11:00~15:00(浜焼きは14:30LO)
定休日/月定休 
※1/1~1/3休業

岩手県、山田町、明神丸、ほたて、帆立、貝

【取材風景より】中村敏彦さんの船、明神丸の船上でホタテの収穫作業を見学させてもらう。上/ブイに吊るしたロープに等間隔に結ばれて育ったホタテを滑車で巻き上げる。貝殻の表面は、ムール貝や海藻などの付着物がびっしり 下/海から引き上げたばかりの貝殻の付着物を、「貝なた」を使って船上で削り落とす。貝殻を傷つけぬよう丁寧さと手際のよさが要る作業

岩手県、山田町、明神丸、ほたて、帆立、貝

【取材風景より】左/早朝の漁港に、中村さんが操る明神丸が戻ってきた。季節にもよるが毎朝5時頃に出漁し、8時頃には帰港する 右上/ホタテやカキを水揚げする中村さん。いつもは1人で行うこの作業を、今朝は就漁希望の見習いの青年が手伝う右下/水揚げされたホタテはすぐに、船の接岸地点そばに設置された装置で洗浄にかける 

岩手県、山田町、震災、復興

【取材風景より】上/東日本大震災から10 年。山湾を囲む防潮堤の工事現場 下/防潮堤を泳ぐパステル調のクジラ。描いたのは震災後の支援を機に交流が生まれた青森県の学生たち。山田町はかつて捕鯨が盛んな地だった

文・白央篤司

はくおうあつし フードライター、料理家。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。『オレンジページ』、CREA WEB、ハフポストなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など。企業へのレシピ提供も定期的に行っている

PHOTO/TAKANORI SASAKI WRITING/ATSUSHI HAKUO
※メトロミニッツ2022年1月号特集「新・日本さかな風土記」より転載

※記事は2021年12月20日(月)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります