編集部の「いい1日」リポート VOL.009

編集部の「いい1日」リポート

この連載では、編集部員が見つけた「いい1日」のヒントをご紹介していきます。特集のためのリサーチから、個人的な趣味の散歩、その他もろもろ、よりみちで出会ったことや感じたことをつづります。今回は特別に、編集長フルカワがアートについて綴ります。

更新日:2017/08/18

震災から6年。東北で開催される初めての総合芸術祭へ

編集部の「いい1日」リポート
名和晃平《White Deer(Oshika)》

 牡鹿半島の波のない静かな入り江の奥に、その白い鹿は立っていました。太平洋の方角を見つめる目には、怒りも悲しみもなく、ただその場所に佇んでいるように僕は思いました。もちろんその鹿が見ていたのは、あの日大きな津波が襲ってきた方角です。

 芸術祭というものがたくさんのアーティストを呼んでアートを並べるだけならば、こんなに多くの人たちが心を動かされ、実際に地方まで足を運ぶことはなかったのではないでしょうか。

 そこに必要なのは「デザインやスタイル」としてのアートではなく、「その土地の記憶を呼び起こすための装置」としてのアート。
 そしていい芸術祭というのは、その装置によって、外から来る人も、そこに暮らす人も、それぞれの立場でその土地の解像度があがっていく。いいアートというものはそのような記憶を呼び起こす力があって、人の想像力を広げさせる翼のような力を持っているものです。

 リボーンアート・フェスティバル2017が行われているのは、宮城県石巻市。市内中心部と、風光明媚な海岸線の景色が続く牡鹿半島。言うまでもなくこの土地の記憶というものは、2011年3月11日に起きた東日本大震災のことを避けては語れません。

 前述した文脈で語るなら、この場所はある意味では強烈な記憶とともに生きています。その解釈はもちろん人によって違って当然です。「その土地の記憶を呼び起こす」ことが必要なのかどうかも含めて、きっと意見は分かれるところもあるでしょう。僕の目に映ったこの半島の鹿と、別の誰かの目に映った鹿の表情はきっと違うものだし、僕が考える鹿が見ているものと、別の誰かが考えることもきっと違っている。それがアートというものなのではないでしょうか。そしてそれはある意味では人が生きるときのルールのような気もします。だから僕たちは必死でわかりあおうとする。

 僕自身も、もうあの日のことを忘れることはないと思いながらも、どこか風化し始めている記憶のことをうまく言葉にできずにいます。あの日から、人は心にそれぞれの3.11を抱えながら生きているのかもしれません。

 震災によって大切な人を失った人。震災によって住み慣れた町を出て行かなくてはならなくなり、いまでも不自由な生活を送っている人。そのような圧倒的な不平等さと自然の摂理をわたしたちに見せつけたあの震災から6年が過ぎた今、アーティストがこの場所とどう対峙し、なにを語りかけてくれるのか、それがこの芸術祭で僕がいちばん興味のあることでした。

 この芸術祭をベースにした音楽や食の総合祭の実行委員長を務めているのが音楽家の小林武史さん。震災後、さまざまな活動に取り組んできた小林さんが6年後に見つけた「彼自身の答え」を探しに、僕は石巻駅に降り立ちました。

 その日は夏だというのに気温が23度しかない肌寒い日でした。

旅の始まりは石巻市内。心に残ったのは意外な作品でした

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左上/石巻焼きそば 左下/街角 右上/商店街 右下/クー・ジュンガ《誘惑の迷路》

 リボーンアート・フェスティバルは、草間彌生、Chim↑Pom、目、バリー・マッギー、JR……。国内外の現代アートを牽引するビッグネームをはじめ、38組のアーティストが集結しています。どの作品も、観るのが楽しみでした。
 しかしすべて廻ってみて僕がいちばん心に残った作品は、八木隆行さんの「B3 project」という作品です。これは彼自身が「お風呂」を背負って石巻を巡った記録をロードムービーのように撮影したものを上映するというインスタレーション。

 彼は自身で作品についてこう語っています。

「石巻で震災直後にボランティアをしていたときは、町や日常を一瞬で破壊する自然の力に圧倒されました。そしていま、日々更新されていく石巻の風景を見ていると、地形をも変えていく人間の力に戸惑います。現在の石巻の風景を見ながら、風を感じ、そこにあった日常や記憶を思いながらお風呂に入ります」

 あらがえない圧倒的な自然の驚異。そして震災から復興する中で感じた人間に対する戸惑い。誰もが感じる、時間を経ることによって感じる、それぞれの震災への向き合い方の微妙なズレへの意思表示として、アーティストの彼がとっている行為は「お風呂に入ること」です。

 そこには正義の押しつけも、圧倒的な行動も、価値観の介入もありません。彼は画面の中でただひたすら石巻の町を歩き(背中にリュックのようなお風呂を背負っています)、さまざまな場所で服を脱いで、全裸でお風呂に入っています。ただただとても気持ちがよさそうです。

 静かな石巻の風景と、黙々と淡々とそこを歩く彼の姿は、僕をとても不思議な気持ちにさせてくれました。そしておこがましいですが、彼の感じていることは僕の感じていることに近いかもしれないとも思いました。ぜひご自身の目で観て、感じていただけたらと思います。

 ほかにも市内はアートが徒歩圏内に集中していますので、歩いてでも充分楽しむことができます。

 石巻は町歩きも楽しい町でした。ここは漫画家の石ノ森章太郎さんゆかりの町です。仮面ライダー、サイボーグ009、町のあちこちに彼の描いたキャラクターがいますので、注意深く探してみてください。
 それから石巻で食べずに帰れないのが、B1グランプリでも大人気の「石巻やきそば」。この焼きそばの特徴は麺が茶色いこと。これはソースの茶色ではなく、麺を2度蒸すので色が茶色く変色しているのだそうです。そして蒸すときに魚介だしを使っているため、噛むほどにダシの風味が口の中に広がってほんとうに美味しかったです。最初はそのまま。そして次はお好みでソースをかけて楽しんでください。

 その場所でしか見られないものを見ることや、食べられないものを食べること。それも旅の醍醐味のひとつですね。「百聞は一見にしかず」です。僕のつたない説明よりも、いちばんは石巻に行って自分の目で見て、感じることです。芸術祭は9月10日まで。ぜひスケジュール帳をチェックしてみてください。

旅は風光明媚な牡鹿半島へ

左上/牡鹿半島 左下/ギャレス・ムーア《Arches of Ishinomaki-1.-2.-3》 右上/入り江の道 右下/名和晃平《White Deer(Oshika)》

 石巻をレンタカーで出発して、牡鹿半島を目指します。中継地点の「牡鹿ビレッジ」は、石巻から車で1時間ほどで到着しました。

 楽しみにしていたChim↑Pomの作品「ひとかけら,2017」の説明板の作品の素材には「凍らせた遺族の涙」と書かれていました。
 もちろんそれは比喩的なものです。でもその作品は、その「凍らせた遺族の涙」という説明で、一気にリアリティを持って胸に迫ってきました。どちらかというと過激な作品や行動がクローズアップされることの多い彼らですが、僕がその場所で感じたのは、彼らの人に対する深い愛のようなものでした。

 それから同じ場所にあるギャレス・ムーアの作品も、なんてことのないように感じさせますが、すばらしい作品でした。目に見えているそのものの姿よりも、その理由や文脈、ストーリーにこそアートの本質を込めるという作品の象徴のようです。

 牡鹿ビレッジは牡鹿エリアの芸術祭の拠点です。

 そこには浜のお母さんたちの作る料理が人気の食堂「はまさいさい」や、地元だけでなく全国から有名シェフがやってきて入れ代わり立ち代わりスペシャルな料理を作ってサーブしてくれる「Reborn-Art DINING」などがあります。

 正直このダイニングのレベルはすごいと思います。東京ではこのシェフたちが同じ場所でお店を出すなんて考えられないレベルの人たちが料理を振舞ってくれる、特別な体験ができます。人気のシェフはすぐに埋まってしまうので、予約がベター。詳細は公式ホームページでチェックしてみてください。

 「はまさいさい」で食べられる牡蠣のキーマカレーも忘れてはいけない旅の目的のひとつ。この「カキーマカレー」、会期が始まった瞬間から大人気のメニューだそうです。この場所が牡蠣の養殖で知られる萩浜にあるので、牡蠣の美味しさはきっといわずもがなですね。

 僕がそこに着いたは14時で、残念ながらその日のメニューはすべて終わっていました。次こそはリベンジしたいと思います。みなさんも旅の行程に組み込むときは、時間に注意が必要です。

 牡鹿ビレッジに車を停めて、歩いて15分ほど入江を行った場所にある名和晃平さんの作品の白い鹿がこの旅のハイライト。入江の先に鹿の姿が見えてきたときのワクワクは、どのような言葉でも表現が難しいものでした。

 その先の鮎川エリアまで足を延ばせばさらに多くのアート作品が観られましたが、今回の旅はここまで。市内に戻ります。
 
 旅のおしまいは、石巻市内の旧観慶丸商店内のインフォメーションセンターで行われるライブと決めていました。

 この芸術祭の特徴のひとつが音楽です。「51日間、毎日どこかで音楽が鳴っているプログラム」と題して、会期中どこかしらでライブが行われています。

 その日はTOKU×中村善郎、ゲストボーカルSalyuという豪華なラインナップでした。極上の音に包まれながら(これが芸術祭のパスポートだけで聴けるなんですごいですね)、僕は旅の余韻に浸っていました。

 ふと見ると、僕ら観客の中に紛れて小林武史さんが立っていました。そして小林さんはステージから呼ばれて、僕らの目の前でピアノを弾き始めて、そのセッションに加ったのです。
 
 この芸術祭の実行委員長の彼は、公式ガイドブックのインタビューでこう結んでいます。

「みなさま、石巻でお会いしましょう」

 そう口で言うことは簡単です。それは使い古された挨拶の言葉です。

 でも、小林さんはちゃんとその場所にいました。僕らは石巻で会いました。僕らに目の前でピアノを聴かせてくれました。小林さんがステージにジョインしたときにお客さんの顔が明るくなるのを見て、僕は「あぁ、すごいことだなあと」ただただそう思いました。「彼自身の答え」は、これだったんだなあと。

 東京から離れた港町にアートがやってきて、毎日どこかで音楽が鳴っています。そのお祭りは、もう少し続きます。そしてそこでたくさんの人が笑って今日を過ごしています。

 みなさんにもぜひ参加していただきたい、ほんとうに素敵なお祭りです。

Reborn-Art Festival 2017
会場/宮城県石巻市(牡鹿半島、市内中心部)
提携会場/松島湾(塩竈市、東松島市、松島氏)、女川町
会期/~9月10日(日)

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※記事は2017年8月18日(金)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります

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