「10年に一度の逸材」と呼ばれ、瞬く間に市場を席巻した人気のぶどう、シャインマスカットのように、末永く愛されるヒット品種を―。次世代のスターを生み出そうと奮闘する、日本の農林水産の舞台裏を訪ねます。江戸時代から数えて第4次焼き芋ブームという現在。べにはるか、シルクスイート、安納いも…と人気の主流はほくほく系からねっとり系へ。そこに現れた注目の新品種とは?
ねっとり系の注目株!
サツマイモ「あまはづき」
「ねっとり甘い焼き芋ブームの代表選手『べにはるか』は、収穫後しばらくは甘みも弱くて、食感も粉っぽいという問題があります。そのため一定期間低温で貯蔵し、でんぷんを糖化させて甘くしないといけない。だから、出荷は早くても9月下旬。本当においしい焼き芋が食べられるのは、年が明けた1~2月頃なのです」
こう切り出すのは農研機構 中日本農業研究センターの上級研究員、田口和憲〈たぐちかずのり〉さん。
新品種「あまはづき」は、葉月と名前にあるように8月に収穫できて、しかも収穫直後からねっとりとして甘みも強い優れモノ。9月に入るとすぐにコンビニに「おいもスイーツ」が並ぶ、昨今のニーズに応えるべく誕生しました。
さらに、特殊なでんぷんを含むために加熱調理時に従来のサツマイモより低い温度からでんぷんの糖化が進み、糖度が高く仕上がるのも魅力。
収穫量も多くて病気に強く、べにはるかと時期をすみ分けることでシーズンを長く楽しめるとあって、海外輸出も含めて需要が伸び続けているサツマイモ界の期待の星です。
「ひとつの品種を誕生させるために、残りの99.9%を切り捨てるのが育種という仕事」と話す、田口さん。時代や気象条件、社会の変化を見据えて、新しい可能性を広げることがやりがいだと言います。
「とは言え、新品種がデビューする直前までは我々も努力するけれど、そこから先は生産者が品種の魅力を引き出してくれるからこそ。そうやって今のサツマイモの活況が作られてきたと思っています。生みの親より育ての親ですね(笑)」
さらりと放つ謙虚な言葉が胸に響きました。
PICK UP! >> あまはづき
国の研究機関である農研機構で生まれたサツマイモの新品種「あまはづき」。皮色は赤紫で、人気の「べにはるか」に比べて中の黄色が鮮やかで色濃い。
通常、サツマイモをねっとり甘い焼き芋に仕上げるには、収穫後に一定期間貯蔵して蓄積されたでんぷんの糖化を促す必要があり、そのために出荷は最も早くて9月下旬になる。一方、あまはづきは8月の収穫直後からねっとり甘い焼き芋が作れるため、焼き芋ブーム真っただ中の世のニーズに合致している上に、産地直送や芋掘りイベントといった需要にも応えることができる。
また、一般的にサツマイモは加熱調理時間を長くして、でんぷんの糖化を促す酵素をよく働かせるなどの焼き方の工夫が必要になるが、あまはづきは「低温糊化〈こか〉性でんぷん」という特殊なでんぷんを含むために、加熱調理時により低い温度からでんぷんが糖化して、加熱調理後に糖度が高く仕上がるのも特徴。
SPECIFICATION
品種/ あまはづき
育成地/ 茨城県
品種登録/ 2024年
交配/ からゆたか × 谷05100-172
【取材ノート】
食味試験の様子を見学させてもらう。「あまはづき」、「べにはるか」、「ベニアズマ」をはじめとする新旧の人気品種や、これから新品種としてデビューするかもしれない候補を甘みや舌ざわりなど複数の項目で評価していく。石川県の「五郎島金時」や徳島県の「なると金時」などのブランド名で知られる品種「高系〈こうけい〉14号」を評価の基準にするのだそう。北海道など寒冷地の栽培に適した新品種「ゆきこまち」なども試験の卓上に並び、サツマイモの需要が多岐にわたることを実感。
【取材ノート】
左から「ベニアズマ」、「あまはづき」、「べにはるか」。いずれも10日間ほど前に掘り出したもの(撮影日は2024年8月30日)。ベニアズマやべにはるかは、特に中心部が白みがかっていて粉っぽさを感じるのに対して、あまはづきは中心部まで濃い黄色で粉っぽさもなく、見た目からしてねっとりとした質感が感じられた。
PHOTO/MIHO NORO
※メトロミニッツ2024年10月号「今日もどこかで第2のシャインマスカットが生まれている。」に加筆して転載