「10年に一度の逸材」と呼ばれ、瞬く間に市場を席巻した人気のぶどう、シャインマスカットのように、末永く愛されるヒット品種を―。小ぶりながらも濃厚な味わいで注目を集める、千葉県生まれの新ブランド「江戸前オイスター」。各地の牡蠣を食べ比べてきた牡蠣好きたちはもちろん、苦手な人にも好評という、東京湾の新名物が誕生したわけは?
逆境から生まれた東京湾の新ブランド
千葉の名品「江戸前オイスター」
都心から車で約1時間、千葉県富津(ふっつ)市の漁港を訪ねると、ちょうど漁師の皆さんが牡蠣殻の洗浄作業の真っ最中。
「2週に1回の頻度で陸上に引き揚げて、フジツボや海藻など殻の付着物をきれいに落とします。洗浄後は大きさ別に選別しなおして、カゴに入れて海に戻します」
そう説明しながら案内してくれたのは、新富津漁業協同組合(以下、新富津漁協)の浅倉正信(あさくらまさのぶ)さん。「江戸前オイスター」誕生の立役者です。温暖化による海水温の上昇や魚の食害で、江戸時代から続く海苔養殖が不作続きの同漁協。生産者も激減する苦境のなかで、新たな一手として浅倉さんが選んだのが牡蠣養殖でした。
江戸前オイスターは、カゴの中でひと粒ずつバラバラの状態で育てる「シングルシード方式」を採用。国内で主流の、海中に垂らした縄やホタテ貝の殻を利用する「カルチ式」と異なり、殻が細長くならずに丸みを帯びてくぼみが深くなり、身入りのよい肉厚な牡蠣が育ちます。
生で味見させてもらうと、水っぽさのない、サクサクとした歯触り。臭みもなく、しっかりした塩(えん)みのあとに濃厚なうまみ、存在感ある貝柱の甘みが押し寄せます。
食味への高評価から年々出荷数は伸びているものの、洗浄やカゴの入れ替え作業など人手もかかり、生産量をいかに拡大していくかが今後の課題、と浅倉さん。安定した通年出荷も目標のひとつです。
「江戸前オイスターをきっかけに東京湾の漁業が勢いづけば。少しでも漁師さんの生活を楽にして、守っていかないと」
その使命感が浅倉さんを突き動かします。
PICK UP! >> 江戸前オイスター
東京湾の富津岬南側の海域で育つ養殖のブランド牡蠣「江戸前オイスター」。
「シングルシード方式」を採用することで「カップ」と呼ばれる殻のくぼみの部分が深くなり、小ぶりながらもぷりぷりとした身入りのよい牡蠣が育つ。臭みはなく、しっかりとした塩みと牡蠣らしい濃厚なうまみが味わいの特長。特に貝柱が大きく肉厚で、心地よい歯ごたえと強い甘みを楽しむことができる。
品種としてはマガキと岩ガキで、2018年当初は、地元の海で稚貝を採種したマガキからスタートした。マガキの旬は秋から春で、夏の産卵期には身がやせてしまい出荷に適さなくなる。そのため産卵前の1年ものか、産卵後に夏を越して身入りが戻ったものを秋~春先に出荷してきた。その後、三倍体マガキの稚貝も導入。三倍体マガキは品種改良により産卵することがないため、夏場もおいしい牡蠣を出荷できるようになった。
2023年秋、全国に誇る優れた県産水産物として「千葉ブランド水産物」に認定。現在は岩ガキにも挑戦中で、マガキ、三倍体マガキ、岩ガキを組み合わせて、年間を通して安定した出荷体制の構築を目指している。
「江戸前オイスター」というブランド名も浅倉正信さんの発案。わかりやすさとインパクトのある名前には、「江戸前海苔に続く東京湾の新名物になるように」との願いが込められている。
名称/江戸前オイスター
育成地/千葉県
出荷開始/2018年
交配/―
富津市で「江戸前オイスター」を食べるなら
⇒いとや旅館
創業50年超の料理旅館『いとや旅館』でも3年ほど前から江戸前オイスターを提供。1個440円。生、天ぷら、フライと1個から調理法を選べるだけでなく、注文から受けてから殻をむくという気遣いもうれしい。
生牡蠣もおいしい江戸前オイスターだが、加熱しても身が縮みにくく、カキフライや天ぷらではさっくりと揚がった衣に閉じこめられたジューシーさが際立つ。
いろいろな産地の牡蠣を食べ比べている牡蠣好きの人たちからの評判もよく、さらに、牡蠣が苦手な人から「これならおいしく食べられる」という感想をもらうこともある、と三代目の稲葉豊さん。
江戸前オイスターは入荷のない日もあるので必ず来店前にご確認を!
いとや旅館
富津市の大貫中央海水浴場の目の前にある、魚料理が自慢の旅館。地元で「はかりめ」と呼ばれている名物の穴子のなかでも、特に「千葉ブランド水産物」に認定されている「大佐和漁協江戸前あなご」を使った数量限定のはかりめ丼やはかりめ天丼のほか、海鮮丼、地魚の煮付けが付いた松花堂弁当などを提供するランチも人気。
TEL.0439-65-1041
住所/千葉県富津市岩瀬871
営業時間/ランチ11:00~14:00(13:30LO)
ディナー17:00~20:00(LO)
定休日/第3水曜、年末年始、不定休あり
※来店前に電話でご確認ください
宿泊料金/1泊2食付 1人9900円~(平日)
1人11000円~(金・土・日・祝)
NOTE
【取材ノート】
小型のモーターボートで約8分、漁港からほど近い海へ案内してもらう。江戸前オイスターは、水面に張られたロープにプラスチック製のカゴ(バスケット)を吊り下げて、その中に牡蠣の稚貝を入れて育てる。一本のロープにつきカゴの数はだいたい40個。カゴが沈まないようにロープには等間隔に浮き(フロート)が付けられている。かつての海苔養殖場を4カ所転用し、約5000個のカゴを使って養殖している。
このあたりの海は、強風が吹きつけるせいで波が高く、また潮の流れも速いために、他県でメジャーな牡蠣筏を使った「カルチ式」の導入が難しいそう。また、よそと同じではない高付加価値のものを目指したいという浅倉さんの思いもあって、大量生産には向かないけれど品質の高い牡蠣が育つ「シングルシード方式」を採用。
予想以上に海が青くきれいで、ここが東京湾であることを一瞬忘れそうになるが、そう遠くない対岸にはビル群が見える。聞けば横須賀の街並みだという。
【取材ノート】
特別にカゴを引き上げて、取り出して見せてもらった牡蠣。あと1~2カ月ほど、もうひと回り大きくなってから出荷することになるそう。
国内で主流の「カルチ式」では、牡蠣同士がくっつきながら縦に細長く成長していく。他方、カゴの中でひと粒ひと粒バラバラに育てる「シングルシード方式」だと、波に揺られてカゴの中で転がることで、牡蠣同士がくっつくことなく殻が丸みを帯びた形に育つ。余分な殻の成長に栄養が行かずに身に栄養が行くので、身が詰まった牡蠣ができるという。
本来は水面近くにカゴを吊り下げるのがよいそうだが、風が強く波が荒れやすい富津の海だとそれも難しく、多少深くまでカゴの位置を下げているという。そのぶん洗浄のために引き揚げる作業も負担が増える。
どんな方法がベストなのか、地形や水深、風や潮の強さ速さといった海ごとに異なる環境と条件に合わせて、富津の海域に適した養殖方法を確立するために浅倉さんは独学で試行錯誤を重ねてきた。
【取材ノート】
江戸前オイスターは定期的に陸上に引き揚げて、殻についたフジツボや海藻などの付着物を洗浄する。同時にカゴについた付着物もきれいに落としていく。そうしないと重みでカゴが沈んでしまい、水揚げ作業がさらに大変になるそうだ。栄養豊富な東京湾は、牡蠣も順調に育つが、フジツボたちにとっても成長しやすい環境なのだろう。
度重なる洗浄作業は大変な労力ではあるが、殻の付着物が少ないことで臭みのない牡蠣が育つ、と浅倉さん。
洗浄後は大きさ別に牡蠣を選別して、サイズごとにカゴを入れ替えていく。これを繰り返すことですべての牡蠣を同じ大きさまで育てることができるのだという。
【取材ノート】
水揚げ後は、紫外線で滅菌した海水を循環させた水槽に24時間以上つけて、雑菌や不純物を排出させる。また、殻の表面の汚れを落とし、殻の凹凸もできるだけきれいに整えて出荷する。江戸前オイスターは、飲食店向けも一般向けもすべて殻付きで出荷しているが、これも付加価値を高めるための取り組みのひとつ。
もともと漁師でもなく養殖牡蠣の専門家でもない浅倉さん。稚貝の採種から出荷にいたるまで自ら奔走して勉強を積み重ねて、ひとつずつ課題をクリアしてきた。生食用に出荷できるようにと、(生食の)指定海域の認定を取得したこともその一例。
2018年の開始当初は、それこそ「ありとあらゆるツテ」を頼って出荷先を増やしてきたという。2020年から始まったコロナ禍で飲食店からの注文が減ると、今度は一般向けの販売も開始。SNSでも情報発信を始めたところ、市場関係者や東京、神奈川をはじめとする他県の飲食店からの問い合わせも増えていった。
【取材ノート】
浅倉さんは漁師ではなく新富津漁協の職員。現在46歳で、30歳のときから同漁協で働いている。
海苔養殖の不作と急激に減っていく漁師の数を前にして、この衰退を食い止めるために「とにかく新しい一歩を踏み出さないといけない」という危機感が原動力に。浅倉さんが高付加価値化にこだわるのも、漁師たちの収入と生活を守りたいという思いがあるから。
新富津漁協ではコンブやワカメに挑戦したものの収益化の目途が立たず、もともと富津の海に牡蠣が棲息していることもあって、浅倉さんは牡蠣に狙いを定めた。「この海で牡蠣養殖なんて」「そんなことをしてなんになる」と冷ややかな反応をされることも少なくなかったが、同じような危機感を抱く他地域の漁協職員などとも連絡を取り合いながら孤軍奮闘を続けるうちに、だんだんと理解者も増えてきたという。
最初の年の出荷数は約3000個、年々増やして前年度の2022年度は約20万個まで拡大。慢性的な人手不足や高齢化もあり、できるだけ作業の機械化を図るなどして増加する需要に応えられるようにしていきたい、と浅倉さん。
「うち(江戸前オイスター)が売れるようになれば、よそでも売れるようになる。大切なのは、漁師さんたちがどうやったら生き残っていけるか、なにをしたら漁業を守っていけるか」。そう話す浅倉さんの強い眼差しの先に、富津の青い海が広がっていた。
PHOTO/DAISUKE YANAGI
※メトロミニッツ2024年1月号「今日もどこかで第2のシャインマスカットが生まれている。」に加筆して転載