「10年に一度の逸材」と呼ばれ、瞬く間に市場を席巻した人気のぶどう、シャインマスカットのように、末永く愛されるヒット品種を―。次世代のスターを生み出そうと奮闘する、日本の農林水産の舞台裏を訪ねます。今回は、地域の人々でさえ過去の存在だと思っていた伝統野菜の復活の物語。千曲川が悠然と流れる長野県長野市へ、埋もれていた「小森茄子」復興の立役者を訪ねました。
忘れられた信州伝統の丸なす
復活に挑む孤高の戦い
「『小森茄子(こもりなす)』の天ぷらのうまさったら、ないんだから」と目を細めつつ畑を案内してくれたのは、『信州東福寺小森なす本舗』代表の滝澤知寛(たきざわともひろ)さん。長野市篠ノ井(しののい)の東福寺、小森地区が原産の丸なす、小森茄子の復興に長年取り組んでいます。
一帯は千曲川沿いに広がる盆地で、かつては肥沃な河川敷の砂を使ったなす苗作りが盛んでした。
小森茄子は明治時代に栽培が始まり、地元では「おやき」の具の定番として親しまれてきましたが、昭和30~40年代に栽培のピークを迎えたあとは改良品種のなすに追いやられるようにして生産者が減少。一軒のなす苗農家を残すのみ、という状況が続いていました。
2011年、区長として地域再生のために地元の「食の文化財」を探していた滝澤さんは小森茄子に注目。自家採種で種をつないできたなす苗農家の協力のもと、その復興に取り組みはじめます。
東京にあるアンテナショップ『銀座NAGANO』の実演販売に家族総出で出向いたことも。市内のおやき店『ふきっ子おやき』店主の力も借りながら、地道に小森茄子の価値を広めてきました。
2015年には「信州の伝統野菜」にも選定。それでも栽培農家はなかなか増えません。
「もうやめようか」と思いつめた2022年、県や市、地元農業高校の支援で、栽培農家を増やすためのプロジェクトが発足。孤独な戦いに一筋の光明が差しました。
「口先だけの区長にはなりたくなかったんです」。原動力は、地域を未来につなぎたいと願う、地元への愛。そう話す滝澤さんの目頭に、汗とは違う滴りが光りました。
PICK UP! >> 小森茄子
長野県長野市篠ノ井の東福寺、小森地区を中心とした地域に伝わる「小森茄子」。つやつやの濃紫紺色をした実は直径9cm~10cmほどの大きさ。みっしりと身がつまった緻密な果肉は水分をたっぷりと含んでジューシー。とろけるような食感と甘みが特長。滝澤知寛さんのおすすめの食べ方は、シンプルになすの旨みを味わう、なすステーキやしぎ焼き。水なすのように浅漬けにしてもおいしい。
SPECIFICATION
品種/小森茄子
育成地/長野県
開発年/ ―
交配/ ―
長野県で「小森茄子」を食べるなら・・・
おやき専門店『ふきっ子おやき』では丸のまま厚く輪切りにした小森茄子をおやきに。皮で包んだ後に鉄板で両面を焼きしめてからセイロで蒸すので、なすの旨みや果汁がぎゅっと閉じ込められている。間に挟まれた味噌は、長野県産の原材料を使った無添加の味噌にサトウキビとすり胡麻を混ぜた、ほのかな塩気を感じる甘さ加減で、とろけるような小森茄子との相性が絶妙。蒸された皮もツルツルとしたなめらかな口当たりとモチモチとした歯ごたえ。大きさにより1個200~250円。
店主の小出陽子(こいでようこ)さんは2016年頃に、滝澤さんの作った小森茄子を試食。「子どもの頃に食べていた懐かしいなすの味だ!」と感激して、自らの店でおやきの具にすることを決めたという。
皮が薄いので「なすを食べている」感覚をいっそう楽しめるのと、果肉が緻密で水分を多く含んでいるので「ほかの丸なすにはないトロッとした食感と旨み、甘みが味わえる」ことが小森茄子の魅力だと感じている。実際に、ほかの丸なすよりも蒸しあがる時間が短いのだそう。
ふきっ子おやき
野沢菜や切り干し大根といった定番の具材だけでなく、あんずや季節限定のレモン、ハーブが香る「和のトマト」などバラエティ豊かなおやきを販売。店主の小出さんは「信州おやき協議会」会長でもあり、主宰するおやき作り教室や、講師を務める長野県アンテナショップ『銀座NAGANO』の「粉もん講座」などを通じて、郷土食であるおやきの魅力を伝えている。
TEL.026-284-2934
住所/長野県長野市青木島1-3-1
営業時間/10:00 ~ 17:00
定休日/水・日定休 ※2023年10月1日から木・金・土のみ営業、月・火・水・日定休に変わります
PHOTO/TAKANORI SASAKI
※メトロミニッツ2023年9月号「今日もどこかで第2のシャインマスカットが生まれている。」に加筆して転載