その野菜の本当においしい食べ方を、人気フードライターの白央篤司さんが、農家さんのキッチンを訪ねて教えてもらう連載エッセイ。2年にわたって野菜(ときどき海藻)の、生産者ならではのふだんの料理をご紹介してきましたが、いよいよ今回で最終回。温かい煮物に、汁物にと寒い季節に恋しくなるけれど、なんだかワンパターンになりがち?・・・な里芋の食べ方を求めて、全国でも有数の特産地、埼玉県狭山市へ行ってきましたよ!
ねっとり、ほっくり
料理に合わせて使い分け
畑で里芋を掘り返していたら、ハクセキレイが数匹やってきた。あまりに近づいてくるので面食らう。君ら、人間に慣れてるなあ!
「掘るとミミズとかが出てくるから狙ってるんですよ、よく来るんです」と市川悟(さとる)さんが笑って教えてくれる。狭山の地で江戸時代から続く農家の十七代目だ。狭山といえばお茶の産地で有名だが、里芋も特産品。保水性のよい土地が里芋作りに向くそうで、落葉を堆肥として育てている。
「うちが育てる里芋は『土垂(どだれ)』という品種です。ねっとり感が強くて煮物に向きますよ」とも教えてくれた。ここで妻の千恵子(ちえこ)さんにバトンタッチ、里芋料理を見せていただく。ご自宅に伺えば、2つのお鍋がちょうど煮え頃になっていた。
「白だしとみりんだけで煮るのがうちの定番です。『土垂』って色が白いから、そこを活かしたくて」。里芋自体の粘り気だけで、煮汁があんかけのようになる。仕上げにふりかける青のりがいい相性で、発見だった。2歳と4歳になるお子さんたちの大好物でもあるそう。
「おでんにも里芋は必ず入れるんです。うちのおでんは和風だしとオイスターソースで味つけしています」
里芋は、ひとつの芋が大きく育って親芋と呼ばれる存在になり、そこから連なるように子芋、孫芋と増えていく。子孫繁栄、縁起のいい野菜なんである。
「子芋は身がしっかりして、煮くずれしにくい。だからおでんには子芋を使います。私は沸かして冷ましてを2回繰り返しておでんを作りますが、里芋の角が崩れないんですよ」と千恵子さん。孫芋は柔らかいので、軽く煮るときにいい。白だし煮に使われるのは孫芋だ。なるほど、そういう使い分けがあるんだな。
続いて里芋の炊き込みごはんをおにぎりにしてくれた。味つけは薄口醬油、和風だし、塩で。ごはんにちょっとねっとり感が移って、おこわみたいな感じになる。使われているのは孫芋だった。ほっくり、ねっとりとした里芋ごはんのおにぎり、なんだか懐かしいような、心が落ち着くおいしさである。
そうそう、孫芋のシンプルなオーブン焼きも忘れられない。ビールのアテにしたかったなあ・・・! 「皮をむいたら塩で揉んで、ぬめりをとって水分をふき、オリーブオイルと塩をからめて250度のオーブンで40分焼くだけですよ。でもたまに焼き色がうまくつかないこともあって・・・」と千恵子さんが苦笑する。
「料理はそんなに得意じゃないから、今日の撮影がもう心配でしたよ~」
何をおっしゃいますか、どれもすごーくおいしいです! しかしオーブン焼き、フライドポテトのような食感になるのが面白いですね。しかも揚げるよりヘルシー、こりゃ真似てみよう。
帰り際に大切なことを習った。「里芋って寒さに弱いんです。真冬にベランダなどに置くと傷んでしまいます。冷蔵庫もNGですよ」と悟さん。保管は室内で、暖房のあたらない乾燥したところならどこでもいいとのこと。みなさん、どうぞお忘れなく。
農家さんを訪ねて野菜(ときどき海藻)の食べ方を見せていただく連載も、今回で最終回。いままで24軒の食卓を拝見して、毎回いろんな発見がありました。日々の料理に活かせるヒントがいっぱいあるので、ぜひバックナンバーもご覧になってください!
世情がなかなか安定しない中、快く迎えてくださった農家のみなさん、そして読者のみなさん、今まで本当にありがとうございました。
【取材風景より】上/孫芋の白だし煮。青のりが相性抜群 下/長時間煮ても煮くずれしにくい子芋は市川家のおでんに欠かせない存在
【取材風景より】上/孫芋の炊き込みごはんを握っておにぎりに。おこわのような食感に黒ゴマがよいアクセント 下/絶妙な焼き加減の孫芋のオーブン焼きはビールを呼ぶ味わい
【取材風景より】食感や特性に合わせて子芋と孫芋を使い分ける方法を教えてくれた千恵子さん
【取材風景より】市川農園の里芋畑にて 上/掘り起こした里芋は、親芋を中心に子芋、孫芋がいくつも連なって大きな塊になっている 下/寒風吹きすさぶ中、手作業でひとつひとつ里芋をほぐしていく。里芋は種芋を3月に植えて、10月から12月にかけて収穫、出荷するという
【取材風景より】このあたりの土は保水性にすぐれ、里芋栽培に向いているのだそう。狭山市は全国でも有数の里芋特産地で、なかでも市川農園のある堀兼地区で作られる里芋は「堀兼の里芋」として名高い
【取材風景より】市川農園の十七代目・市川悟さん(右)と市川千恵子さん、6歳になるトイプードルのシンバ君。悟さんは東京農業大学を卒業後、会社員を経て就農し今年で13年になる。市川農園では里芋のほかに長ネギやほうれん草、枝豆なども育てる。悟さんの、各地の野菜を食べては「いつも食べている自分の家の野菜の質の高さを思う」という言葉が印象深かった
【取材風景より】料理上手の千恵子さんは、農園の野菜を使ってピクルスやバジルペーストなどの加工品も生産、販売している。化学調味料、保存料、着色料不使用で素材とハーブの風味を活かしたシンプルな瓶詰商品は、BASEショップで購入可能(野菜の旬に合わせて製造しているため、シーズン外のものは売り切れ中。次のシーズンをお楽しみに!)
市川農園
里芋の名産地、埼玉県狭山市の堀兼地区で1649(慶安2)年から十七代続く農家。今シーズンの里芋は販売終了、来シーズンは10月頃にInstagramやFacebook、BASEショップで案内予定
BASEショップ(市川農園)
文・白央篤司
はくおうあつし フードライター。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。『オレンジページ』、CREA WEB、朝日新聞ウィズニュースなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など
PHOTO/TAKANORI SASAKI
※メトロミニッツ2023年2月号「行ってきました、農家さんの台所。」に加筆して転載