その野菜の本当においしい食べ方を、人気フードライターの白央篤司さんが、農家さんのキッチンを訪ねて教えてもらう連載エッセイ。今回は、スーパーで見かけることが増えてきたケール。スーパーフードのケールの使い方を、まだまだ分からないという方も多いのでは? 青汁やスムージーだけじゃないケールの魅力を知りたくて、長野の農家さんにいろんな食べ方を教わってきましたよ!
野菜として食べる
ポテンシャルの高さ
「間に合うかな・・・」とお昼当番の日向(ひな)さんがつぶやいたのは、11時34分のこと。じきに農場で働くみんなが帰ってくる。台所には業務用の大きなボウルがいくつも並び、仕込みの真っ最中だった。ひときわ鮮やかな1品が気になる。赤ピーマンやりんごと一緒に、水に浸かっているのはなんだろう?
「ケールの水キムチです。米のとぎ汁とお酢、塩で漬けてあるんですよ」。なんと水キムチ! 最初から意表を突かれるなあ・・・。ケールって硬いイメージがあったけれど、もむと結構柔らかくなるのだそう。
「茎のところは除いて、ひと口大にちぎって軽くもむとサラダにもいいんです。海苔や他の野菜と和えて、ごま油で風味づけするのはのらくら農場定番なんですよ」と教えてくれつつ、日向さんはフライパンをゆする。かぼちゃのスライスと一緒に炒めてナッツを加え、オリーブ油とレモン汁、マスタードにはちみつ、塩で味つけすれば温サラダのできあがりだ。
さてお昼まであと10分、日向さんのラストダッシュがすごかった。ふかして潰したじゃがいもに刻んだケールとマヨネーズ(こちらも自家製!)を混ぜてポテサラが完成。玉ねぎや厚切り豚バラ肉がたっぷりのポトフにもケールを入れてサッと煮る。ちょうど炊き上がった玄米入りバターライスに、細かく刻んだにんじんとケールを混ぜ込んでいく。12時1分前にすべてが完成と相成った。
お腹を空かした面々がぞろぞろと入ってきて、「おかずがいっぱいだ!」と歓声を上げた。いつもこんなに豪華なんですか、と問えば「いえいえ、日向さんだから」「いつもはカレーとかですよ」と笑って返事が。日向さんは管理栄養士で料理人の経験もあり、のらくら農場につとめて3年目になるという。
味見させてもらえば、ケールの食べやすさに驚いた。もっと苦くてえぐみもあり、ごわっとした食感の印象だったから。「カリーノケールという品種で、とても食べやすいんです。青汁にするのはもったいないですよ」と農場の皆さん。現在、レストランなどでサラダにされているのはこのカリーノケールが多いとのことだった。
昼ごはん作りは毎日の交代制、折々の収穫物を使って約15人前をまかなう。自分で料理することで野菜の特性を知り、その良さや改良点をみんなと考える機会ともなる。「昼食はテイスティングタイムです」と、代表の萩原紀行さん。「うちは野菜を育て始めたら、2年でストライクゾーンに入れて、5年で極めるのが目標なんです。今年はケールを育てて5年目。うま味のあるいいケールができるようになりました」。
台所の目の前がケールの畑で、案内しながら萩原さんは教えてくれた。見るだけで大体の生育状態が分かるようにもなってきたという。
秋からはケールの葉に厚みが出て、それでいて柔らかく、糖度も増すいい時期とのこと。今回いろいろな食べ方をさせていただき、食感のしっかりしたキャベツ、的なイメージで使ってみるのがいいのでは、と思った。ごくシンプルな野菜炒めなどにもどんどん加えてみたい。そうそう、日向さんが「玉ねぎと一緒にかき揚げにするのもおいしい」と教えてくれたんだった。早速やってみよう。
【取材風景より】10月半ばの昼の献立はケールづくし 上/上から時計回りに、にんじんの混ぜごはん、白菜と海苔のサラダ、かぼちゃとナッツのサラダ、水キムチ、ポテサラ。どの料理にもケールがもりもり入っていた。各自でボウルから盛り合わせてプレートにする。白菜と海苔のサラダは、柔らかくて甘みのある生の春菊がいいアクセント。かぼちゃサラダのドレッシングは、農場スタッフの実家から送られている柑橘が使われている 下/ケール入りのポトフには大根も入っていてそれがまた絶品だった
【取材風景より】上/ポトフの鍋に、軽くもんでちぎったケールをこんもりと投入 下/ひと煮立ちすると、あれだけ山盛りだったケールもこのくらいに
【取材風景より】のらくら農場の台所からは裏のケール畑が見える。写真に写っている緑色のカリーノケールのほかに、紫色のレッドケールも栽培していて、日向さん曰く「レッドケールはお花みたいな香りがする。収穫してるときもフローラルな香りが漂います」
【取材風景より】日向さんは管理栄養士の資格を持ち、以前は離乳食の指導や料理教室、食育授業などに取り組んでいた。調理人を経験したあとにのらくら農場で働き始めて3年目になる
【取材風景より】のらくら農場スタッフの昼食タイム。和気あいあいとした雰囲気がとても素敵だった。おかわりするメンバーも多数
【取材風景より】のらくら農場のケール畑と、代表の萩原紀行さん。メーカーの営業職を経たあとに農業を志し、埼玉県小川町の霧里農場での住み込み研修を経て、1998年にのらくら農場を開く。科学的な見地に基づいた有機農業を実践し、適切な肥料や農場経営といったテーマで定期的にスタッフとの勉強会を開催するなどして、質の高い野菜作りと経営として持続可能な農業に取り組む
【取材風景より】八ヶ岳のふもとにある、のらくら農場からの眺め。10月中旬ですでに肌寒さを感じるほどの冷涼さと、澄んだ空気がなんとも気持ちよかった
のらくら農場
のらくら農場は八ヶ岳山麓の標高1000mの畑で、代表の萩原紀行さんを中心に約15名のスタッフが年間60種の野菜を栽培している。Instagramでは、日々のまかない料理など農場の日常も発信中
のらくら農場Instagram
文・白央篤司
はくおうあつし フードライター。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。『オレンジページ』、CREA WEB、朝日新聞ウィズニュースなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など
PHOTO/KAZUHITO MIURA
※メトロミニッツ2022年12月号「行ってきました、農家さんの台所。」に加筆して転載