その野菜の本当においしい食べ方を、人気フードライターの白央篤司さんが、農家さんのキッチンを訪ねて教えてもらう連載エッセイ。今回ご紹介する「菊池水田(きくちすいでん)ごぼう」は、熊本県北部に位置する菊池市の名産品。九州屈指の米どころで、稲刈り後の水田で育ちます。柔らかくてしなやかで、アク抜きいらずの、なんとも使いやすいゴボウなんです。
大人も子供も大好物!
箸が止まらないゴボウ料理
鞍岳(くらだけ)をはじめ山々に囲まれた2月の畑は寒かった。山風が鋭利なまでに冷たく、およそ何かが育つような環境には正直思えなかったのだが、奥村良平さんが収穫トラクターを動かすと、おお、大地からゴボウが出てくる出てくる!
「3月頭ぐらいまでが冬ゴボウの収穫期。水田を利用して育つ『菊池水田ごぼう』は柔らかくて真っ直ぐで、色白なのが特徴なんですよ」
ふかふかとした土の中は命が息づいていた。春はここで稲が育つんだなあ。次々と掘り出されるゴボウをまとめて、妻の明佳(はるか)さんが毛布をかける。「乾燥と日光に弱いんですよ」と。おふたりとも熊本県出身、良平さんはゴボウ農家の二代目になる。
ご自宅に案内していただくと、すでにゴボウのポタージュとチリコンカンが仕込まれていた。おいしい匂いと温かな湯気に体が生き返るよう。ポタージュはゴボウのほか、エノキと玉ネギも入れる。「とろみづけにジャガイモも。野菜全部をバターとオリーブ油で炒めてから水で煮て、コンソメで味つけ。ブレンダーにかけて生クリームでのばせば完成」と明佳さん。いただいてみればゴボウは主張しすぎず穏やかに香る。飲み終えて一間あって、また鼻にふわっと香る。これが実にいい。
チリコンカンとゴボウの相性の良さは発見だった。輪切りにしたゴボウをオリーブ油で炒め、ひき肉や豆と一緒にトマトやチリぺッパーで煮込む。ゴボウらしい味わいと食感が何の違和感もなく溶け合って、うま味を倍増させる。トルティーヤチップスにのせてナチョスにするのは明佳さんの大好物、ハードロックカフェのナチョスをイメージしてよく作るのだそう。それをつまみに晩酌するのが良平さんの楽しみだ。
先に見せてもらった広い畑を思い出す。きょうみたいな寒い日も、暑い日も、あの土地を耕して作物を育てて。一日を終えての一杯はどれほど沁みることだろう…なんて想像していたら、揚げ立てのゴボウが運ばれてきた。いただいた瞬間「ああ、生ビールとやったらさぞかし」と思えてならず。片栗粉をまぶして揚げ、醤油と酢を同量、砂糖とおろしニンニク少々のタレにからめるのだそう。うーん、クセになるおいしさ。後を引くというのか、もう1本、ついもう1本と食べたくなる。遠慮を忘れて食べていたら、5歳になる長男の文志朗(ぶんしろう)君が近づいてきた。「あのさ、全部食べんでいいよ」とぽつり。文志朗君も好物だったんだね、ごめんごめん!
「これ、よかったらお持ちになってください」
根先の柔らかいところを、たっぷりとおみやげにくださった。規格の関係で、出荷時にはどうしても切り落とさなければいけない部分なのだそうな。なんともったいない。
しなやかに柔らかい菊池水田ごぼう、さあどう使おうか…と帰りの飛行機であれこれ考える。そうだ、タコと一緒に炊き込みごはんにしてみよう。
それぞれ細かく刻んでニンニクで軽く炒め、酒、みりん少々、薄口醤油、塩でサッと煮る。冷ましたものを汁ごと鍋に入れて炊いてみたら…ああ、ヒットだ! 炊飯器のフタを開けた瞬間の香りがたまらない。うちの定番になりそうである。
奥村さんちの根先ゴボウ、ポケットマルシェにも定期的に出品されているよう。今度はたっぷりささがきにして、ペペロンチーノ的に炒めてつまみにしてみたい。ふかして輪切りにしたものとハムをポテサラに入れても面白そう。夢は膨らむ。
【取材風景より】盛りだくさんの料理で、多彩なゴボウの魅力を教えてくれた明佳さん(左)。晩酌好きの良平さんとわんぱく盛りの2人の男の子、家族みんながおいしく食べられるゴボウ料理を工夫して作る。身質が柔らかく、アクが強すぎないのが「菊池水田ごぼう」の良さ。いろいろな料理に使いやすく、食べやすい
【取材風景より】左・右上/豊かな水に恵まれた一帯は古くから米どころで、その裏作として栽培が盛んになった「菊池水田ごぼう」。取材時は冬ゴボウの収穫シーズン。8月末から9月頭に種植えをして12月から3月頭にかけて収穫する 右下/ビニールのトンネルの中で寒さに耐える春ゴボウ。春ゴボウは例年、稲刈り後の11月中頃に種植えをして4月に収穫がはじまる。菊池水田ごぼうは種まきから収穫までだいたい3カ月かかる
【取材風景より】奥村さんのゴボウ畑。冷たい山風が吹きすさび、何もない地表からは荒涼とした印象を受けるが、良平さんが「ごぼうハーベスタ」と呼ばれる収穫機で耕すと、次から次へと立派なゴボウが掘り起こされていくのだった
おくむら農園
熊本県菊池市で菊池水田ごぼうと米を育てる農家の奥村良平さん。26歳の時に就農し、ゴボウ農家の祖父からゴボウ作りを習った。妻の明佳さんとともに、どうしたら若い人にゴボウを好きになってもらえるか、食べてもらえるかを日々考えている。奥村さんのゴボウと米(ヒノヒカリ)はお取り寄せできる
文・白央篤司
はくおうあつし フードライター、料理家。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。『オレンジページ』、CREA WEB、ハフポストなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など。企業へのレシピ提供も定期的に行っている
PHOTO/ATSUSHI YOSHIHAMA
※メトロミニッツ2022年3月号「行ってきました、農家さんの台所。」に加筆して転載