その野菜の本当においしい食べ方を、人気フードライターの白央篤司さんが、農家さんのキッチンを訪ねて教えてもらう連載エッセイ。冬に、鍋ものでは定番の春菊。じつは種類がいろいろあって、地域によって好まれる品種も異なることをご存じですか? 今回は、そのなかでも北九州で愛される大葉春菊に注目。全国区に知られてほしいほどのおいしさなのです。
驚きのみずみずしさ!
サラダで味わう春菊
年を重ねるごとに好きになる食材がある。春菊はそのひとつだ。あの苦みと香り、なんといいハーブだろうか。最近では生で使うレシピもよく見られるようになったが、一般的には「鍋でしか使わない」「やってせいぜい、おひたし」という人も少なくない。さあ今回も、農家さんに使い方を教わろう。
お宅の裏は竹の山、庭のあちこちには南天が植えられ、鈴なりの赤い実がなんとも美しい。北九州市の春菊農家、岡村資巳(おかむらもとみ)さんの家を訪ねてキッチンに入らせてもらうと、そこには春菊料理の数々が並んでいた。まず摘みたての葉を生でどうぞ、と妻の君江(きみえ)さん。
はじめてのおいしさと、感覚と。なんだろうこれは。上の写真を見てもらえば分かるように、この春菊は東日本の方がイメージする形ではない。西日本(特に中国・九州地方)の春菊は葉の切れ込みが浅く、肉厚なのである。中でも北九州のものは葉の丸みが特徴で、大葉春菊(おおばしゅんぎく)の名で呼ばれる。葉のみずみずしさと食感の良さに私はちょっと感動していた。たしかに春菊の香りがするが、まるで果物のような。
「そう、シャクシャクしておいしいでしょう」。この食感を活かして、生葉に熱々のアンチョビガーリックオイルをかけて作るアーリオ・オーリオが最高だった。香りもより際立って楽しめる。
キッシュや鶏ハムとの組み合わせには、ベーコンや肉との相性の良さを感じた。そう、脂と高め合うんだな。中華風の炒めものに使ってもよさそう。
大きなフォカッチャにはペーストが練り込まれている。ほんのり香る春菊がなんとも爽やかだ。そのペーストをのばしてポタージュも作ってくださった。プロ顔負けの腕前を見せてくれる君江さん、本職はなんと料理研究家でいらした。
「クセがないから本当にいろいろ使えます。レタスのように使って、サンドイッチにしてもおいしいの」
うう、食べてみたい。それも作ってくださいとはさすがに言えなかった。
資巳さんに畑も見せてもらった。東日本でおなじみの春菊は茎があるが、こちらのは茎が立たずに株が張る。地面すれすれをハサミで切り取り、やさしくふるって引き抜いていく。「葉が柔らかいので、乱暴にすると破れてしまうんです」と。繊細な手作業に感じ入った。岡村さんの家はこの地で300年以上続く農家だそう。取材日には近所のイタリアンのシェフが収穫の手伝いに来ていた。お店ではピッツァの具などにも使われるよう。
直売所を訪ねれば野菜棚の一番手に取りやすいところにずらりと並ぶ。買い求める人たちに話を聞けば、「鍋の時季はこれがないとなんか、イヤでね」なんて声が。
愛されてるなあ、大葉春菊。
【取材風景より】大葉春菊をひと株ずつ摘み取っていく岡村資巳さん。葉の形からして関東周辺でよく見る春菊とはまるで違う。柔らかな葉が魅力だが、そのぶん傷みやすく虫害も出やすいなど苦労も多く、水やりや肥料やりに経験と工夫が要るという
【取材風景より】岡村さんの畑へ向かう途中、紫川が流れるのどかな景色にしばし癒やされた
岡村農園
福岡県北九州市小倉南区で300年続く農家。大葉春菊の栽培は9月下旬から始まり、12~2月にピークを迎える。春菊ベーゼはECサイト「ブルースリーマーケット」で不定期販売中。「岡村農園」でチェックを!
文・白央篤司
はくおうあつし フードライター、料理家。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。『オレンジページ』、CREA WEB、ハフポストなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など。企業へのレシピ提供も定期的に行っている
PHOTO/ATSUSHI YOSHIHAMA
※メトロミニッツ2022年2月号「行ってきました、農家さんの台所。」を転載