その野菜の本当においしい食べ方を、人気フードライターの白央篤司さんが、農家さんのキッチンを訪ねて教えてもらう連載エッセイ。今回は「おひたし以外でどう使うの?」なんて声も聞かれる、セリが主役です。奥ゆかしい香りと爽やかなほろ苦さと。セリが大好きな白央さんが、宮城県名取市のセリ農家さんに会いに行きました。
爽やかな香りを味わう
自由自在なセリ料理
セリの香りというのは、鮮やかにして奥ゆかしい。香草というと眩しさを感じるほど香りの強いものもあるが、セリのそれは蛍の光のように穏やかでありながら忘れがたい。
長靴の厚い底からぬかるみの冷たさが伝わってくる。
宮城県名取市、三浦隆弘(みうらたかひろ)さんのセリ田を訪ねた日は晴天だった。水中から茎をのばすセリは何か意を決したかのように真っ直ぐで力強い。畔(あぜ)にしゃがみ、ひとつ手折って口に入れればシャッキリした食感が気持ちよく、ほろ苦さが体に沁みて爽快だった。
「見学中は食べ放題ですよ、摘みたてを味わってください」と三浦さん。鮮度のよいセリのおいしさを知ってほしいという思いが伝わってくる。三浦さんは有機農法でセリを15年以上育ててきた。水田には初冬の寒さもなんのその、虫がいっぱい。フンが肥料になる虫もいれば、枯れたセリを分解して土に戻す虫もいる。
「セリを食べる蝶の幼虫も来ちゃうけど、まあかわいいから駆除しない。虫食いのは除ければいいんだから」と笑った。いいなあ、こういうの。
話は飛ぶようだが、世間では「セリって食べたことない」という人は少なくないようだ。ツイッターでフォロワーさんに質問してみたら、「使い方が分からない」という声も。水炊きやすき焼きに入れると抜群においしいのに…個人的にセリが大好きな私は応援したくてならず。この連載が始まったとき、旬が来たら必ずセリを紹介しようと思っていた。さあ、農家さんに食べ方を教わろう。
「まずはうちの常備菜から」と出してくれたのがセリ焼き。油揚げと糸コンニャクを白だしで煮て、刻んだセリを入れてひと混ぜ。セリは数秒で火が通る。なんなら火を止めてから混ぜてもOK、これが香りと食感を損ねないコツなのだ。続いて「油とも相性がいいんです」と、鶏肉とセリのニンニクバター炒めが運ばれてきた。おお、こういう味わいは初体験! 肉のうま味と香りの相乗タッグがすごい。食欲を刺激する豪快さがありながら、なんだかシャレた味わいでもある。そしてシメがカキとセリのペペロンチーノ。ああ、「白ワイン持ってこーい!」なんて叫びたくなっちゃうな。カキの華やかな濃醇さをセリがクールに包んでスッキリまとまる。
最後に三浦さん、「チキンラーメンにドサッと入れるとうまいんだよ」なんてことも教えてくれた。この線で研究を重ねてみたところ、どん兵衛にも絶妙に合ったことを書き添えておく。
【取材風景より】三浦農園のセリ田。冷たく澄んだ豊かな水の中で、香り高く、シャキシャキと力強い食感のセリが育つ
【取材風景より】左/三浦隆弘さん。三浦農園は現在、隆弘さんと母親、妻の3人で運営し、育苗から収穫、洗浄、選別、出荷まで、すべて手作業で行っている 右上/まっすぐで太い茎と豊かに茂った葉もみごとだが、根の存在感もすごい。「セリは根もうまいけど、家庭できれいにするのは大変。ぜひ宮城に食べに来てください」と三浦さん 右下/ペットのヤギの名はユキちゃん。農園の脇で、のんびりとエサを食んでいた
三浦農園
三浦農園がある宮城県名取市の下余田(しもようでん)地区は、江戸時代からセリの名産地。祖父から農園を引き継いだ隆弘さんは、2003年、セリを地域の名物にすべく仙台駅そばの居酒屋『いな穂』とともにセリのしゃぶしゃぶ鍋を開発。次第に人気が広がり、「三浦さんのセリ」も評判に。三浦さんのセリは、ポケットマルシェでお取り寄せできるほか、都内では清澄白河のショップ「野菜のちから」で購入可能
文・白央篤司
はくおうあつし フードライター、料理家。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。『オレンジページ』、CREA WEB、ハフポストなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など。企業へのレシピ提供も定期的に行っている
PHOTO/KEI KATAGIRI
※メトロミニッツ2022年1月号「行ってきました、農家さんの台所。」を転載