その野菜の本当においしい食べ方を、人気フードライターの白央篤司さんが、農家さんのキッチンを訪ねて教えてもらう連載エッセイ。今回の主役は、どうにも調理方法がマンネリになりがちなマッシュルーム。その特産地のひとつ、岡山県瀬戸内市の牛窓町にある農場へ。登場したのは、ごはんのお供からパーティーシーズンにうれしいお洒落メニューまで、実に多彩なマッシュルーム料理たちでした。
香り高きマッシュルームを
千変万化の料理で味わう
ああ、風のうま味にぞ驚かれぬる。マッシュルームが育つハウスに入る前から、おいしそうな匂いが漂ってびっくりした。ふわり風が立つたび、キノコ特有の香気が鼻をくすぐる。マッシュルームって、こんなに香るものだっけ?
晴れの国・岡山は、取材当日も秋晴れのサンプルのような天気だった。朝なぎの美しい瀬戸内海沿いから車で山を上がること約10分、三蔵農林(みつくらのうりん)に到着。毎朝7時半から始まるという手摘みの様子を見せていただいた。
ハウスというとビニールハウスを想像されるだろうが、光は遮断されて天井は6.5メートルと高く、湿度90パーセント、気温20度が保たれる強固なつくり。そこに菌床がずらりと並び、マッシュルームが無数に生えている。
「味見してみませんか」と広報の藤森弥生(ふじもりやよい)さん。そう、新鮮なマッシュルームは生食が可能なのだ。齧ってみれば「コリッ」とした食感が楽しく、すぐに強いうま味が感じられる。さっき風に香ったのはこの味だ! 嚙むごとに、おびただしい数のマッシュルームの息づかいが聞こえてくるような気持ちになった。
場所を変えて料理法を教えていただく。「年に1度、社内で食べ方アイディアコンテストをやるんですよ」と藤森さん。三蔵農林は社員・パートアルバイトを含めて総勢約400名ほど。今年で勤続37年になる武道順子(ぶどうじゅんこ)さんが、手際よく調理してくださる。「よその人が新鮮なマッシュルームを食べると歯ごたえが違うゆうがなあ。そうじゃろうなあ」という土地の言葉が耳になんとも快い。武道さんがよくやるという、ショウガをきかせた佃煮が意外なおいしさ。マッシュルームがごはんのお供に化けるとは。きょうは驚いてばっかりだ。採りたてをそのまま甘酢に漬けるピクルス、季節のフルーツと和えるサラダに肉詰め、タコ焼きパーティ感覚で楽しむアヒージョなど、三蔵のみなさんがマッシュルームとおいしくつきあっている日常が見えてくるような品々が実に楽しい。
個人的に一番のヒットはマッシュごはん。ごはんを蒸らす際に、スライスしたマッシュルームをたっぷりと入れ、仕上げに混ぜ込むもの。これだけでいい香りとうま味が米に移り、箸が止まらなかった。
「味噌汁の具にもいいんですよ。もやしや玉ねぎと一緒に煮て」と武道さん。藤森さんが「カレーライスにたっぷり入れたり、寄せ鍋の具にもしたり」と続ける。ああ、お鍋に入れるのいいな。すき焼きにブラウンマッシュルームなんてよく合いそうだ。ネギマのように鶏と串焼きにしてもよさそう。
今度、マッシュルームでフルコースの一夜を考えてみたい。
【取材風景より】ハウスの中は風通しがよく、マッシュルームの生育に適した湿度と温度に保たれている。小さな芽が出てから出荷できる大きさに育つまでは1週間ほどで、収穫はすべて手作業で行われる
【取材風景より】マッシュルームの菌床となる堆肥は、敷地内で2カ月かけて発酵・熟成させる。堆肥のもとになる馬糞や麦わらは残留農薬や放射性物質がないか定期的に検査。熟成した堆肥は「トレイ」と呼ばれる木製の三段棚に敷き詰めて、その上に「ピートモス」と呼ばれる苔を被せる。このピートモスが保水の役割を果たし、マッシュルームの生育には欠かせない
【取材風景より】今回、三蔵農林の皆さんがマッシュルーム料理を披露してくれたのは、町の診療所を改修して今年6月にオープンした複合施設「牛窓TEPEMOK(テレモーク)」。カフェやショップ、イベント・レンタルスペースやギャラリーが集合し、大きな窓の外には瀬戸内の海が広がる
三蔵農林
1963年頃、アメリカでマッシュルームのおいしさに触れた創業者が、日本での栽培を志したのが始まり。マッシュルームが育つ土壌となる堆肥作りから、収穫、出荷まで一貫して自社で行い、1日6~7t、月に200t前後を出荷している
文・白央篤司
はくおうあつし フードライター、料理家。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。『オレンジページ』、CREA WEB、ハフポストなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など。企業へのレシピ提供も定期的に行っている
PHOTO/SHINYA KONDO
※メトロミニッツ2021年12月号「行ってきました、農家さんの台所。」を転載