その野菜の本当においしい食べ方を、人気フードライターの白央篤司さんが、農家さんのキッチンを訪ねて教えてもらう連載エッセイ。今回は石川県・能登半島の輪島市へ。サラリーマンから栗農家へ転身して16年、試行錯誤を重ねて今や県内外の洋菓子店や料亭で重宝される、和栗を育てている農家さんを訪ねました。
甘みと風味を保つため
栗の収穫は時間が勝負!
「栗目」という言葉に、感じ入った。朝の5時台、まだ太陽が上がらないうちから松尾栗園の収穫は始まる。栗の収穫は木になっているのをもぐのではなく、地面に落ちたものを拾う。落ちるほどの重さが熟した証なのだ。「落ちてから時間が経てば経つほど、腐敗や虫害のリスクも高まり、糖分も消失してしまうんです」と、園主の松尾和広(まつおかずひろ)さん。朝の気温の低いうちに収穫して、なるべく早く冷蔵するのが品質を保つために大切なのだと教えてくれた。
収穫の時期は10人前後のアルバイトを雇う。落ちてイガから外れた栗は、土にまぎれて探しにくい。だんだんと慣れて見落としが減ると、栗目が鍛えられてきたというわけ。鵜の目鷹の目栗の目で、山あいの栗林をきびきびと動きまわるみなさんはさながら忍群のようだった。スピーディで無駄のない動きに見惚れてしまう。一刻も早く冷蔵しておいしさを保とうとする、松尾さんの熱意が伝わっているのだな。
作業が終われば、お楽しみの昼ごはん。「新しいバイトの子が入ったときは、栗ごはんにしようと決めているんです」と、和広さんの妻・朋子(ともこ)さんが言う。ジャーの中は大きな栗でいっぱい! 米粒が見えないほどだ。お相伴にあずかって、しばし無言で味わった。ほっくりした食感とみずみずしさが同居した、なんていい栗だろう…。
朋子さんは結婚前、管理栄養士として働いており、料理はもともと好きだったそう。先のジャーは12合炊き、それで1日2回米を炊き、家族と従業員のおかずを用意し、お子さんふたりの世話もする。栗の皮むきは業務用の皮むき器を使っているとのこと。「そうじゃないと回りませんよ」と笑った。ですよねえ。
他に用意してくれたのが栗とリンゴのきんとん、栗のポタージュ。これらは松尾栗園の商品である、焼き栗のペーストが使われている。「きんとんはペーストと同量の水煮したリンゴを合わせています。ポタージュは牛乳でのばして、ほんのちょっと昆布茶を加えただけ」。焼き栗100パーセントのペーストは黒砂糖のようなこっくりとした甘みがあるのに、しつこくない。やさしい甘さが口の中できれいに消えて、心にしっかりとおいしさが残った。個人的に忘れがたいのが、「170度ぐらいのサラダ油で3~4分揚げるだけ」という揚げ栗。うーん…これは酒を呼ぶな。能登の秋山で、松尾さんの揚げ栗でビールをやったらどれほど幸せだったろう。さすがにあの場で「ビールをくれませんか」とは、言えなかった。
【取材風景より】栗の実だけでなく、松尾栗園ではイガも毎日拾い集める。農園の一角では、カラになったイガの山がみるみるうちに積みあがっていった。虫の産卵痕が残るイガをこまめに燃やすなど、さまざまな努力を重ねることで虫害を防ぎ、減農薬での栽培を実現している
【取材風景より】収穫した栗は水で洗ったあとに大きさ別に分けて、虫食い穴などがないか、ひとつひとつ目視確認する。無傷であれば焼き栗に、傷がごく一部であればペースト用に、傷が大きいものは自家用に仕分けていく
【取材風景より】園主の松尾和広さん(右)と妻の朋子さん。和広さんは脱サラして栗農家に転身してから16年、知識ゼロからスタートして一心に栗づくりを探求してきた。収穫が終われば冬には剪定の時期がやって来る。木々の枝ぶりを整える重労働だが、また来年の秋、すべての実に栄養が行き渡るためには必要かつ重要な作業で、やりがいがあるのだと笑顔を見せた
松尾栗園
石川県内はもちろん東京、関西のパティスリーや料亭からも信頼を置かれている松尾栗園。上質な栗を育てているだけでなく、焼き栗や焼き栗ペーストなどの加工販売も行っている。今年の焼き栗は予約で完売、10月下旬~11月上旬に追加販売があるかも? 詳細はウェブサイトでチェックを
文・白央篤司
はくおうあつし フードライター、料理家。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。『オレンジページ』、CREA WEB、ハフポストなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など。企業へのレシピ提供も定期的に行っている
PHOTO/KEI KATAGIRI
※メトロミニッツ2021年11月号「行ってきました、農家さんの台所。」を転載