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その野菜の本当においしい食べ方を、人気フードライターの白央篤司さんが、農家さんのキッチンを訪ねて教えてもらう連載エッセイ。今回は青森の最南端、田子町へ。収穫最盛期を迎えたニンニク農家の種子さん宅を訪ねて、出荷用に乾燥させる前の生ニンニクの食べ方を教わりました。
収穫したばかりの生ニンニクのみずみずしく爽やかな味わい
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田子町(たっこまち)という響きの良い地名にまず、惹かれた。青森県の最南端に位置する、ニンニク生産で有名な町である。訪ねたのは6月下旬、ちょうど収穫の真っ最中。『種子(たねこ)にんにく農園』の種子宏典(ひろのり)さん(36歳)が迎えてくれた。最初に見せてくれたのは、掘り起こされたばかりのニンニクの根と茎を切り取る作業場。漂っていた新鮮なニンニクの香りが忘れられない。なんだか息をするたび、元気になるような気がした。
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「次に温風を当てて3週間ほどしっかり乾燥させ、出荷します。きょうは乾燥させる前の生ニンニクを使った料理を食べていってください」と宏典さん。妻の真子(まさこ)さんが腕をふるってくれた。田子町でニンニクといえば、まず味噌と合わせるのがおなじみという。おろしニンニクと刻みニンニクを1対1で用意し、味噌、酒、みりんで練り、砂糖を好みで加える。収穫したばかりのニンニクは角(かど)がなく、あたりが優しい。それでいてあの食欲を誘う香りに満ちる。ニンニク味噌が厚くぬられた焼きおにぎりは、一度口にしたら止まらなかった。無言でむしゃむしゃと食べ切る。ああ、なんとうまいのだろう。衝動的に「お代わり!」と言いそうになる(こらえた)。そして焼き豆腐を使った味噌田楽は、まさに佳肴。日本酒もいいが、鹿児島の芋焼酎が合うだろうな。そして醤油漬けがまたもう・・・オツな味わいで。皮をむいたニンニクを3分ほど蒸してから漬けるのだそう。「3分というのがポイント。あまり長く蒸してもダメなんです」とのこと。生でなくホクホクでなく、さっくりした食感も魅力だ。
真子さんは以前、東京で長らく料理人として働いており、あるとき青森県の生産者を訪ねる機会を得る。そのさい宏典さんと知り合い、帰京して彼のニンニクを使ってみれば、いつもの料理がグンとおいしくなったのに感動。いろいろあって去年、結婚と相成った。そんな真子さんが漬けたピクルスが忘れがたい。甘酢で軽く煮てからタイム、ローリエ、コリアンダーシードなどと一緒に漬ける。みずみずしい生ニンニクの爽やかさが活かされていた。また、このあたりでパイカと呼ばれる豚バラ軟骨肉をビールと醤油で煮るのも、真子さんのオリジナル。ニンニクを軸にして、昔ながらの味と現代的なセンスがより合わさっていく。種子家の味と、ニンニクの食べ方が広がっていく。豊かな食卓に感じ入っていたら、近くの林で蝉が鳴いた。今年の蝉の初音を、田子町で聞いた。
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【取材風景より】10月に植え付けしておよそ8カ月かけて育てたニンニクを、6月下旬~7月上旬の2週間の間に一気に収穫する
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【取材風景より】収穫したニンニクの根と茎をひとつずつカットしていく
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【取材風景より】こちらは乾燥中のニンニク。通常、スーパーなどに並ぶのは乾燥させたものだそう
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【取材風景より】料理中の真子さん。鍋の中ではパイカとニンニクのビール煮がくつくつと音を立てていた
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種子にんにく農園
種子宏典さんは約200年続く農家の6代目で、ニンニクは宏典さんの祖父の代から作り始めた。農園の公式HPではニンニクや黒ニンニクなどの通販もあり、インスタグラムではニンニク料理のレシピも発信している
文・白央篤司
はくおうあつし フードライター、料理家。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。『オレンジページ』、CREA WEB、ハフポストなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など。企業へのレシピ提供も定期的に行っている
PHOTO/KEI KATAGIRI
※メトロミニッツ2021年8月号「行ってきました、農家さんの台所。」より転載