
その野菜の本当においしい食べ方を、人気フードライターの白央篤司さんが、農家さんのキッチンを訪ねて教えてもらう連載エッセイ。今回は京都市北部の大原へ。農業家兼料理人の細江聡さんが営む古民家レストラン『わっぱ堂』を訪問し、穫れたて作りたての野菜料理をいただきます。
新玉ねぎは名物の柴漬けと!
京の山里でいただく野菜料理

京都・大原は山の里。取材で訪ねたのは5月の下旬、小川沿いの道には黄ショウブがあちこちに咲いて、梅雨曇りの中に明るく、天然のともしびのように思えた。畑には作物がすくすくと育ち、葉に露が光る。元気よくつるを伸ばしているのは、スナップえんどうだろうか。
「そうです、ちょうど今が食べごろですよ」と、細江聡(ほそえさとし)さんが教えてくれた。大原で年間約50種の野菜を育て、自らが営み調理する古民家レストラン『わっぱ堂』で、野菜中心のコース料理を提供している。
もともとは岐阜出身だが、妻の香代(かよ)さんの実家が大原で、義母が作る大根の味に衝撃を受けた。そのみずみずしさ、甘さ。「こんなにも違うものか…」と驚く聡さんに義母が「あんたも農業、やってみるか」と声をかける。そのとき聡さんは割烹で板前修業中。いつか香代さんとふたりで居酒屋をやるのが夢だった。それが次第に「野菜を自分で育て、その野菜で飲食店をやりたい」という思いに変わっていく。33歳で独立、今年で46歳になる。「うちの畑で今が食べごろのそら豆、新玉ねぎ、スナップえんどうで何か作りましょう」と聡さん。
そら豆をすり潰し、刻んだ新玉ねぎと合わせたコロッケが忘れられない。豆の味が濃くて深くて、まろやかで。新玉ねぎは、大原名物の柴漬けと合わせてかき揚げにしてくれた。ああ、この相性は知らなかった…。柴漬けの爽香が口の中をすっきりと洗い、新たな食欲をかき立ててもくる。そしてスナップえんどうはなんとコンポートに! 白ワインと砂糖で煮られて何の違和感もなく、素敵なデザートになった。聡さんの発想力が実に楽しい。お店では自分で育てた野菜の他、大原の農業仲間が作る野菜も使用している。「彼らは農業一本でやってるだけに、芯のあるいい野菜を作ります。刺激を受けますね、自分の野菜もクオリティをもっと上げていきたい」。コロナの影響もあり、今後は惣菜や弁当の提供もしていきたいと語る。
ところでお店で使われている藍染めのランチョンマット、深い色みの鮮やかさが印象的。縁側には機(はた)織りの機械も。聞けば香代さんの手作りだった。「実家が紡染織の工房なんです。親と一緒に小さい頃から作ってきました。綿(わた)から育ててもいるんですよ」
聡さんが種から育てた野菜、香代さんが糸から作る布織物。『わっぱ堂』には、イチから手作りされたものが満ちあふれていた。

【取材風景より】細江さんの畑で収穫したばかりの野菜たち

【取材風景より】『わっぱ堂』の調理場で、手際よく調理していく細江さん。カウンター席からはその丁寧な仕事がよく見える

【取材風景より】そら豆を潰して作る自家製豆板醤。熟成させて半年後に完成する

【取材風景より】『わっぱ堂』で使用される藍染めのランチョンマットは、香代さんの手織り。『わっぱ堂』から7分ほど歩くと、香代さんの実家である「大原工房」があり、さまざまな布製品などが展示されている

【取材風景より】夏を前に緑深まる大原の里。『わっぱ堂』から歩いて行ける距離に、三千院や寂光院などの古刹が点在する

古民家レストラン『わっぱ堂』
細江さんの創作料理が楽しめる『わっぱ堂』は、京都駅から車で約30分。店名には「童(わっぱ)」、「自分はまだまだ未熟者」という戒めと「いつまでも子どもの心を忘れないように」という2つの意味が込められている
TEL/075-744-3212 京都市左京区大原草生町102 草庵内 営業時間/ランチ12:00~15:00、ディナー17:30~21:30(完全予約制) 定休日/水・木・土(夕方)
文・白央篤司
はくおうあつし フードライター、料理家。「暮らしと食」、郷土料理をテーマに執筆。『オレンジページ』、CREA WEB、ハフポストなどで連載中。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)、『自炊力』(光文社新書)など。企業へのレシピ提供も定期的に行っている
PHOTO/KEI KATAGIRI
※メトロミニッツ2021年7月号「行ってきました、農家さんの台所。」より転載