日本の伝統芸能・歌舞伎。興味はあるけどちょっと難しそう・・・なんて思ってない? そんな歌舞伎の世界に触れてもらうこの連載。古典ながら現代にも通じるストーリーということを伝えるために、イラストは現代風に超訳してお届け。今回は、歌舞伎十八番の内「矢の根(やのね)」に注目します!
恋する歌舞伎 第60回
歌舞伎十八番の内「矢の根(やのね)」
【1】武士に休みなどない!家でひとり、研いでいるのは謎に大きな・・・
梅が咲き誇る新年を迎えたある日。曽我五郎時政(そがのごろうときまさ)は、家で大きな矢の根(やじり・鉄でできた矢の先端部分)を研いでいる。五郎は幼い頃に、実父を工藤祐経(くどうすけつね)に討たれた過去があり、敵討ちを果たすために準備をしているのだ。新年ということもあり、田作り・なます・昆布巻・海老など、おせち料理を読み込んだセリフで、敵討ちの意志を威勢よく語っている。しかし現在置かれている貧乏な身の上を嘆き、腹いせに七福神1人ひとりの悪口を言っている。
【2】せっかくいただいた縁起物。有効活用するためにとった行動は
そこへ大薩摩文太夫(おおざつまぶんだゆう)が年始の挨拶にやってくる。浄瑠璃の師匠である文太夫が持参したのは、縁起物である宝船の絵。おめでたい1品を、五郎は喜んで受け取る。文太夫が立ち去ると、五郎は「憎き祐経の首を引っこ抜く夢でも見よう」と思いつく。先ほどまで矢の根を磨いていた砥石を枕がわりにし、その下に宝船の絵を敷き、準備は万端。「ヤットコトッチャウントコナ!(※)」と掛け声を発したかと思うと、勢いよく大の字になり、あっという間に眠りにつく。
※ヤットコナ・ドッコイショ・ウントコサの3つの掛け声を重ねたもの。本作のような荒事のセリフによく用いられる
【3】兄からのSOSをキャッチ。もう寝ている場合ではない!
ぐっすり寝入った五郎の夢に出てきたのは、兄の十郎。やつれた姿で「工藤祐経の館に閉じ込められている」というのだ。十郎は五郎に助けを求めたところで、ふっと姿を消してしまう。五郎は「今の夢は兄が念力を送ったものであろう、緊急事態だ」と目を覚ます。そして大急ぎで、兄を救出するための支度を始めるのだった。
【4】正義感に燃える男に周囲など見えない!大根片手に猪突猛進
そこへ馬士(まご※)の畑右衛門(はたえもん)が現れたので、五郎は馬を貸してほしいと申し出るが、拒否される。一刻も早く兄を助けたいと思う五郎は、畑右衛門を突き飛ばし、強引に馬にまたがる。そして馬の背に積んであった大根を鞭(むち)にして、工藤の館をめざすのだった。
※馬に荷を引かせる人
歌舞伎十八番の内「矢の根(やのね)」とは
「矢の根」は享保14(1729)年1月、江戸中村座で初演された「扇恵方曽我(すえひろえほうそが)」の一幕が基になっている。江戸時代は初春興行で「曽我物」(曽我兄弟の仇討を素材にした作品)を上演するのが吉例だった。「助六」、「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」も曽我物に分類される。五月人形に見立てた五郎の扮装や錦絵のような演出、「背ギバ(せぎば)」(※1)、「柱巻きの見得(はしらまきのみえ)」(※2)、「元祿見得(げんろくみえ)」(※3)など荒事の魅力が詰まった一幕である。
※1 足を開いて尻で落ちる「ギバ」の中の、背中から落ちる動作
※2 柱に手と足を巻きつけるように形をとる見得
※3 足を踏み出しながら、右手を伸ばし、左手はひじを曲げて上にかざす見得
監修・文/関亜弓
歌舞伎ライター・演者。大学在学中、学習院国劇部(歌舞伎研究会)にて実演をきっかけにライターをはじめ、現在はインタビューの聞き手や歌舞伎と他ジャンルとのクロスイベントなども行う。代表を務める「歌舞伎女子大学」では、現代演劇を通して歌舞伎の裾野を広げる活動をしている。
イラスト/カマタミワ
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