恋する歌舞伎:第7回「芦屋道満大内鑑 葛の葉(あしやどうまんおおうちかがみ くずのは)」
【1】男の身の回りで起こる様々な事件。やっと平穏な暮らしが始まるが・・・
高名な陰陽師の弟子である安倍保名(あべのやすな)という男は、自分の恋人・榊の前(さかきのまえ)が自害してしまうという不幸な事件があり、気が狂ってしまったが、その妹である「葛の葉姫(くずのはひめ)」のおかげで立ち直ることができた。
そんな保名はある日、森で追われる白狐を助けてあげるが、狐を狩り損ねた悪右衛門(榊の前を自殺に追い込んだ輩の一味でもある)という男に襲われてしまう。すると何処からか葛の葉がやってきて、その手厚い介抱により命を取り留めることが出来たのだった。2人はそのまま田舎でひっそり暮らし始めることになり、やがて男の子も産まれ、童子(どうじ)と名付け3人家族となり仲睦まじい生活を送っていた。
【2】6年連れ添った奥さんが、え、2人いる!?
6年もの月日が過ぎた頃、榊の前と葛の葉姫の両親である庄司夫婦と、葛の葉姫が保名の家を探してやってくる。しかし不思議なことに、家の中にも葛の葉がいるではないか。ちょうど帰宅した保名と話をするが、庄司親子は「娘を保名に嫁がせにきた」といい、保名は「葛の葉と6年前から一緒に暮らして子まで生した」と、話が噛み合わない。
はじめのうちは、親子で自分をからかっているのではないかと笑っていたが、家の中にいるもう1人の葛の葉を見て、いよいよただごとでないことに気付く保名。真実を確かめるために、親子には身を隠してもらい、家の中にいる葛の葉が何者かを確かめにいく。
【3】幸せな家族が離ればなれに。その理由とは!?
保名は平静を装い、いつものように妻に接する。そこで「君の両親が訪ねてくるらしい。子供もやっと見せてあげられるし、さぞ嬉しいだろう」とかまをかけるが、葛の葉は焦る様子もなく、楽しみだと喜ぶ。保名はどちらが本物なのだろうと訝しがり、うたた寝をしたふりをして様子を探ることにする。
しばらくして葛の葉は、とうとう時がきてしまった、と寂しそうな表情を浮かべる。この葛の葉姫そっくりの女の正体、実は森で保名に命を助けられた白狐なのだった! 本物の葛の葉姫が現れたからには自分はここには居られない。自分が狐であること、助けてもらったお礼にと、保名が恋慕っていた葛の葉姫の姿に化けていたことを話し出す。そして我が子を抱きかかえながら、別れの歌(※)を家の障子に残すのだった。
※「恋しくは たづね来てみよ 和泉なる 信田の森の うらみ葛の葉」という一首。この歌を、口に筆を加えたり、子どもを右手で抱えながら左手で裏から文字を書いたりするのが狐・葛の葉の霊力を感じさせ、見せ場となっている
【4】狐と人間。心は通じていても逃れられない現実
すべてを聞いていた保名は、「たとえ狐でも君がいいんだ」と駆け寄るが、狐・葛の葉は忽然と消えてしまう。保名は童子を背中におぶり障子の歌を頼りに信田の森へと急ぐのだった。
人をだます、たぶらかすといった意味で「女狐」という表現が使われることがしばしばある。だがこの歌舞伎に出てくるのは、恩返しのため人間に化けたが恋心が芽生え、健気に6年間人間として生活をしていたという心の清い狐。その夫婦・親子の情愛は種族の壁を越え今も「葛の葉伝説」として語り継がれている。ちなみに人間と狐が出会い恋に落ち生まれた子供、安倍童子(あべのどうじ)は非常に賢く育ち、また母の力を受け継いでか不思議な力を持つ。それが後の「安倍晴明」だと伝えられることも、この不思議な物語のエッセンスとなっている。
監修・文/関亜弓
歌舞伎ライター・演者。大学在学中、学習院国劇部(歌舞伎研究会)にて実演をきっかけにライターをはじめ、現在はインタビューの聞き手や歌舞伎と他ジャンルとのクロスイベントなども行う。代表を務める「歌舞伎女子大学」では、現代演劇を通して歌舞伎の裾野を広げる活動をしている。
イラスト/カマタミワ
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