恋する歌舞伎:第6回「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」
【1】男性にとっては一世一代の大恋愛。女性にとっては単なるお客様
田舎暮らしの商人・佐野次郎左衛門(さのじろざえもん)はあばた顔で一見さえないが、金離れがよく、人柄の良い男。地味だった彼の生活は、仕事のついでにふらりと寄った江戸で一変してしまう。発端となった人物は絶世の美女と名高い花魁・八ッ橋。その道中に遭遇し、微笑みかけられたことがきっかけにこの花魁の虜になってしまったのだ。廓はお金があれば疑似恋愛が出来る場所。通い詰める次郎左衛門だが、八ッ橋といえば、実は栄之丞という恋人(しかもヒモ)もおり、次郎左衛門など一顧客にすぎず恋愛感情は一切ない。
ところが釣鐘権八という人物によって、このいびつな関係が壊れてゆく。権八とはその昔八ッ橋の父親に仕えていたが、八ッ橋の親が亡くなったため彼女の保証人のような関係になった男。その立場を利用して、彼女の勤める店に常々金をせびりにきていたのだ。
【2】お金欲しさに練られた策略。知らない間に歯車が狂い始め・・・
ことの起こりは次郎左衛門と八ッ橋の身請け(※)話がまとまったことに始まる。権八はこれを聞きつけ、大金が入ると見込んで店の主人に無心をするが、ぴしゃりと断られてしまう。その腹いせにと権八は恋人の栄之丞を訪ね「八ッ橋は貴方に見切りをつけて金持ちの商人に身請けをされる気ですよ」と告げ口をする。その言葉を信じて頭に血が上った栄之丞は、八ッ橋の気持ちを確かめるために廓に向かうのだった。
お金のために身請けは断れないものの、栄之丞とも別れたくないと思っていた八ッ橋だが、その矢先に恋人が乗り込んできて、この裏切り者!と罵声をあびせられる。必死に誤解を解こうとする八ッ橋だが「本当にオレのことが好きなら公衆の面前でその商人と縁切りをしろ」と無理難題を突きつけられるのだった。
※身請け・・・残りの年季を払って廓稼業から足を洗わせ、引き取ること
【3】面子もプライドも粉々にされ、それでも紳士的に見えた男だが・・・
何も知らない次郎左衛門は、自分のような面体でも絶世の美女を身請けできることを自慢したい気持ちもあり、仲間を連れて意気揚々と廓にやってくる。いつものように馴染み客としてのもてなしを受けた後八ッ橋を呼ぶが、様子がどこか違う。八ッ橋にとって次郎左衛門は、男性としての興味はないものの、いい人には違いなく、贔屓にしてくれた恩もある。だが物陰から栄之丞が見張っているため、きっぱりと「もう顔をみるのもイヤ」と縁切りをする。
状況が飲み込めない次郎左衛門。仲間の前で恥をかかされた挙げ句、恋人の存在も知らされ、これ以上にない屈辱を受ける。しかし馴染みの廓ということもあり、空気を読んでひとまず状況を受け入れる次郎左衛門だった。
【4】温厚なあの人が!恋と妖刀がもたらす残酷な最期
四カ月後、ほとぼりも冷めたとみて次郎左衛門は再び廓に遊びに来る。廓の者たちもあの事件以来、すっかり姿を見せないことを心配していたが、恨んでいる様子がないことに安堵する。八ッ橋も、自分のしたことは申し訳ないと思いつつも、「あの次郎左衛門さんなら許してくれる」とどこかで思っていたのかもしれない。疑うこと無く2人きりになるが、次郎左衛門に持参の刀・籠釣瓶で無惨にも斬られてしまうのだった。
タイトルにもなった“籠釣瓶”とは人を狂わす力を持った宝刀の名前。可愛さ余って憎さ百倍。八ッ橋を手にかけた後「籠釣瓶は良く斬れるな」と、何かに憑かれたようにつぶやく次郎左衛門。一途な人ほど、キレると何をしでかすかわからない。恋ゆえに、また妖刀を手にしたことによって狂わされた男女の運命を誰も変えることは出来ないのだった。
監修・文/関亜弓
歌舞伎ライター・演者。大学在学中、学習院国劇部(歌舞伎研究会)にて実演をきっかけにライターをはじめ、現在はインタビューの聞き手や歌舞伎と他ジャンルとのクロスイベントなども行う。代表を務める「歌舞伎女子大学」では、現代演劇を通して歌舞伎の裾野を広げる活動をしている。
イラスト/カマタミワ
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