謀反を起こした男の母は、妻は、息子夫婦は。親子三代それぞれのドラマ

更新日:2019/12/21

第53回恋する歌舞伎は、新春浅草歌舞伎で上演予定の「絵本太功記(えほんたいこうき)尼ヶ崎閑居の場(あまがさきかんきょのば)」に注目します!

日本の伝統芸能・歌舞伎。興味はあるけどちょっと難しそう・・・なんて思ってない? そんな歌舞伎の世界に触れてもらうこの連載。古典ながら現代にも通じるストーリーということを伝えるために、イラストは現代風に超訳してお届け。

恋する歌舞伎 第53回
「絵本太功記(えほんたいこうき)尼ヶ崎閑居の場(あまがさきかんきょのば)」

「絵本太功記(えほんたいこうき)尼ヶ崎閑居の場(あまがさきかんきょのば)」

【1】おばあちゃんの隠居所へ集まる、深刻な思いを抱えた孫夫婦と義娘

武智光秀(明智光秀)は、主君である小田春永(織田信長)の屈辱的な仕打ちに耐えかねて、本能寺で春永を討った。そのため春永の家臣・真柴久吉(羽柴秀吉)が軍を上げ、戦となっている。光秀の母・皐月(さつき)は、息子の謀反に怒り、絶縁。今は尼ヶ崎にある庵室(隠居所)に引きこもっている。
姑を心配した光秀の妻・操(みさお)は、息子・十次郎の許嫁の初菊(はつぎく)を連れて、この庵室にやってきているが、皐月の心は晴れないでいる。

そこへ父を助けるためにと、初陣の許可を請いに十次郎がやってくる。初菊は、十次郎が討死を覚悟しており、自分のいないところで「祝言する前に初菊を他家へ嫁がせるように」と、皐月と操に相談している様子を蔭で聞いてしまう。十次郎との幸せな結婚を夢見ていた初菊は「命がけの戦に行くのを思い留まってください」と涙を流してすがりつくが、鎧櫃(よろいびつ)の準備をするようなだめられるのだった。

「絵本太功記(えほんたいこうき)尼ヶ崎閑居の場(あまがさきかんきょのば)」

【2】笑顔になれない祝言の傍らで、怪しい僧とざわつく庭先

十次郎は裃姿(かみしもすがた)から鎧姿へと着替え、奥から現れる。皐月は、その勇ましい姿を褒めたたえ、すぐに出陣の祝いと初菊との祝言を兼ねた盃を交わさせる。たとえ討死にしても、2人に心残りがないようにとの心遣いなのだ。これは別れの盃だとわかっているものの、必死で堪える初菊。間も無く十次郎は出陣すると、残された女性3人は皆、涙にくれるのだった。
と、それまでの空気を壊すように「風呂が沸いた」と、1人の僧が知らせに来る。この謎の人物は、先般この庵室に一夜の宿を乞いに来た旅の者である。皐月はどうぞ先へお入りくださいと促し、奥の仏間へ入っていく。
夜も更け、しんと静まった頃、いよいよ謀反人の光秀が姿を現す。敵である久吉がこの家に忍び込むのを見て、あとを追ってきたのだ。光秀は、隠れていた竹やぶから引き抜いた竹で、凶器の竹槍を造る。そして、家の中の様子を伺い、久吉らしき人の気配を確認したところで外から竹槍を差し込むのだが・・・。

「絵本太功記(えほんたいこうき)尼ヶ崎閑居の場(あまがさきかんきょのば)」

【3】それぞれの思惑が交錯し、やがて母と息子が息をひきとる

家の中から叫び声がしたが、男の声ではなくどうやら老婆のようだ。確認してみると、そこにいたのは母の皐月だった! 呆然とする光秀のもとに、操や初菊もやってきて、その信じられない光景に愕然とする。皐月は苦しみながら「主君を討った息子の親なので、こうなるのも当然の報い」と言い、系図正しい武智の名を汚した光秀を責め立てる。これを聞いた操も「母の最期を看取って、どうか善心を取り戻すと聞かせて」と手を合わせて頼む。しかしこの状況になっても「春永は主君ではない」と言い、同調する素振りも見せない。そこへ陣太鼓が鳴り響き、十次郎が手負いとなって帰ってくる。初菊は必死で介抱するが、光秀はわざと大きな声で戦場の様子を尋ねる。

「絵本太功記(えほんたいこうき)尼ヶ崎閑居の場(あまがさきかんきょのば)」

【4】戦の時代に生まれなければ。そう願わずにいられなかった女たち

十次郎は、武智軍の勝利がみえたと思ったのも束の間、背後から久吉の家臣・佐藤正清(加藤正清)に討たれ、味方の軍はあっという間に壊滅したとその様子を語る。そして父に「一刻も早く本国へ落ち延びてほしい」と伝えるために、無念ながら立ち帰ってきたと息も絶え絶えに伝える。それを聞いた皐月は、最期まで父を気遣う孫を褒め、それに比べ息子はと言いながら、十次郎とともにやがて息をひきとる。大事な息子と母を同時に失い、泣き叫ぶ妻、義娘を前にした光秀は、ここでようやく涙を流す。
そこへ人馬の物音が聞こえるので、光秀は気を取り直し、庭先の松の木に登りあたりを見渡す。すると、海には数多の軍船、陸には久吉の軍が押し寄せているではないか。そのリーダーである久吉が、佐藤正清とともに現れる。実は先ほどの旅の僧が久吉であり、光秀の動向を探っていたのである。光秀は瞬時に斬りかかろうとするが、久吉は「改めて山崎で勝負をしよう」というので、光秀も聞き入れ、3人の武将は別れるのだった。

絵本太功記(えほんたいこうき)とは

寛政十一(1799)年七月豊竹座にて人形浄瑠璃で上演。歌舞伎では翌年大阪角の芝居で初演。近松柳、近松湖水軒、近松千葉軒による合作。明智(武智)光秀が主君の織田信長(小田春永)の屈辱的な仕打ちに耐えかね、謀反を決意するところから、羽柴秀吉(真柴秀吉)に破れるまでの、激動の十三日間を十三段に渡って描いている。この十段目だけが「太十(太閤記十段目の略)」の通称で親しまれ、単独上演される。

2019年 『新春浅草歌舞伎』

監修・文/関亜弓
歌舞伎ライター・演者。大学在学中、学習院国劇部(歌舞伎研究会)にて実演をきっかけにライターをはじめ、現在はインタビューの聞き手や歌舞伎と他ジャンルとのクロスイベントなども行う。代表を務める「歌舞伎女子大学」では、現代演劇を通して歌舞伎の裾野を広げる活動をしている。

イラスト/カマタミワ

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『新春浅草歌舞伎』

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※記事は2019年12月21日(土)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります