第49回 恋する歌舞伎は、今回は秀山祭九月大歌舞伎で上演予定の「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)寺子屋(てらこや)」に注目します!
日本の伝統芸能・歌舞伎。興味はあるけどちょっと難しそう・・・なんて思ってない? そんな歌舞伎の世界に触れてもらうこの連載。古典ながら現代にも通じるストーリーということを伝えるために、イラストは現代風に超訳してお届け。
恋する歌舞伎 第49回
「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)寺子屋(てらこや)」
【1】ほのぼのとした寺子屋の日常。だが先生も生徒の一人も只者でなかった
ここは京都の芹生の里(せりょうのさと)にある寺子屋。武部源蔵(たけべげんぞう)と妻の戸浪(となみ)は、元は都で働いていたのだが不義密通で勘当され、この場所で寺子屋を営んでいる。この日も寺子たちは皆騒がしくしているが、1人、どこか違うオーラを纏っている菅秀才(かんしゅうさい)がいる。表向きは源蔵夫婦の子供ということになっているが、実はこの男の子は菅丞相(かんしょうじょう:菅原道真のこと)の嫡子。政敵に陥れられた菅丞相は、九州の太宰府に左遷され、菅秀才も命を狙われているので、一番弟子だった源蔵がかくまっているのだ。
今日もいつもと変わらない寺子屋に帰ってくる源蔵は、深刻そうに考え事をしながら歩いてきている。そして、出迎えた寺子たちの顔をじっくりと眺め「どの子たちも田舎育ち・・・」と残念そうにつぶやくのだった。
【2】今日入学してきたばっかりに・・・ただの不運なのか、それとも!?
それを見かねた戸浪は「お酒を飲んできたのかは知らないけど、今更そんなこというなんて。今日は新入生も入ってきたんですよ」と、今朝この寺子屋に入ってきた小太郎(こたろう)という男の子を紹介する。気もそぞろだった源蔵は、小太郎を見た途端に目に輝きを宿す。そして、この子はどこの子か、母親はどこにいるか、身分の高い家の子だと言っても遜色ない、良い子だ!と褒めちぎる。戸浪は夫の急変する様子に圧倒されつつ、この子の寺入りの様子を語る。そして子どもたちがいなくなった後に、驚くべき計画を聞かされるのであった。
実は源蔵が行ってきた寄合では、菅丞相の敵である、藤原時平(しへい)の家来がおり、「お前が菅秀才をかくまっているのは知っている。逃げかくれもできないのだから首を用意しておけ」と脅されていたのだ。そこで源蔵は、菅秀才の身替わりとなるような子供が、自分の生徒の中にいないか考えながら帰宅していたのだ。しかし菅秀才のような気高さを持った子どもがいなかった。そこへ入学したての、見目麗しい小太郎に白羽の矢が立ったのだ。
【3】遂行される、信じられない替え玉作戦。ただただ、鬼になるしかないのか
恐ろしい計画を聞き、戸浪は卒倒する。しかしもう後戻りはできない。
いよいよ時平の家来の春藤玄蕃(しゅんどうげんば)と松王丸(まつおうまる)がやってきて、寺子1人ひとりの顔を確かめ、菅秀才かどうかを調べ始める。松王丸は今でこそ菅丞相の敵方についているが、元々は菅丞相に世話になっている家に生まれた。その縁もあり、松王丸は菅秀才の顔を知っているだろうとこの仕事を任されたのだ。
全ての寺子が家へ帰されたので、菅秀才の首を出せと源蔵は責められる。覚悟を決めた源蔵は、奥へと入り小太郎の首を打つ・・・。
取り囲まれる中、首桶を差し出すと、松王丸は「菅秀才の首に相違ない」と言い放つ。そして、自分の役目は終わったので、病気療養のために暇をもらったと言い立ち去っていく。
まさか身替りの計画がうまくいくとは!と、安堵するが、それも束の間。今度は小太郎の母・千代が迎えにやってくる。まさか息子が身替り首になったとも知らずに・・・。
【4】すべての謎が明かされ、小さくも重い命が弔われる
源蔵は、もはやこうするしかないと悟り、背後から母親を斬りつけようとする!ところが千代は思いがけず「我が子は菅秀才の身替りとして役立ちましたか」というのだ。動揺する源蔵夫婦だが、そこへ松王丸が現れる。なんと松王丸は千代の夫、つまり小太郎の父親なのだった。本当は菅丞相の恩義に報いたい松王丸は、千代と相談し、我が子を菅秀才の身代わりに立てるために、源蔵のもとに寺入りさせたのである。千代は夫からその覚悟を聞いたときの胸の張り裂けるおもい、殺されると知っていながら寺入りしたときの、血を吐くような辛さを嘆く。
松王丸は千代を慰めつつ、源蔵に小太郎の最期の様子がどうだったかを聞く。すると「逃げかくれもせず、にっこり笑って立派な最期だった」と伝える。それを聞き、松王丸と千代はさらに悲しさがつのり、息子の健気さをおもい涙に暮れる。そして自分は小太郎のおかげで役に立つことができたが、何も功を立てずに自害した弟・桜丸の不憫さを嘆く。
やがて、松王丸が匿っていた菅秀才の母の園生の前が姿を現す。側で親子の対面が行われる中、松王丸と千代は愛息・小太郎と永遠の別れをするのであった。
寺子屋(てらこや)とはとは
竹田出雲、三好松洛、並木千柳の合作。延享三年(1746)年、大阪竹本座で初演。全五段の内、四段目にあたる。段切の小太郎の弔いの場面「いろは送り」は、悲しくも美しい三味線の旋律が涙を誘う。
2019年 『秀山祭九月大歌舞伎』
監修・文/関亜弓
歌舞伎ライター・演者。大学在学中、学習院国劇部(歌舞伎研究会)にて実演をきっかけにライターをはじめ、現在はインタビューの聞き手や歌舞伎と他ジャンルとのクロスイベントなども行う。代表を務める「歌舞伎女子大学」では、現代演劇を通して歌舞伎の裾野を広げる活動をしている。
イラスト/カマタミワ
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