第35回 恋する歌舞伎は、『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』に注目します! 日本の伝統芸能・歌舞伎。興味はあるけどちょっと難しそう・・・なんて思ってない? そんな歌舞伎の世界に触れてもらうこの連載。古典ながら現代にも通じるストーリーということを伝えるために、イラストは現代風に超訳してお届け。
恋する歌舞伎:第35回『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』
【1】偉いお方に無礼千万。“やんちゃ”が過ぎて、では済まされない。
うららかな春。ここは野崎観音への参詣の人で賑わう徳庵堤。油屋を営む豊嶋屋七左衛門(てしまやしちざえもん)の妻・お吉(きち)は、夫が来るのを子どもたちと待っている。そこへ現れたのは、おなじ町内で同業を営む河内屋の次男坊・与兵衛(よへえ)。彼は町でも有名な無法者で、今日も「贔屓の遊女を会津の客にとられた」と喧嘩を仕掛けようとしている。幼い頃から与兵衛のことを弟のように思ってきたお吉は、彼に意見をするが聞く耳を持たない。
お吉が立ち去り喧嘩が始まると、与兵衛が相手に投げつけた泥が、運悪く小栗八弥という侍にかかってしまう! しかもそのお供をしていたのは与兵衛の叔父。いくら甥といえども「主人に無礼を働いた」と与兵衛を斬ろうとするが、八弥がなだめその場は事なきを得る。そこへお吉がやってきて、与兵衛の着物が泥まみれなのをみかねて、汚れを落とすため、茶屋の中へと入っていく。そこへお吉の夫がやってくるが、若い2人が密室で不義密通を働いているのではないかと疑う。お吉は潔白を主張するが、夫に引き立てられるようにその場を去っていくのだった。
【2】思い通りにならないと暴れるDV青年、とうとう勘当!
与兵衛の家庭環境は複雑で、父・徳兵衛が亡き後を、かつては番頭だった男が後を継ぎ、二代目徳兵衛を名乗っている。番頭あがりの義父が遠慮がちなのをいいことに、与兵衛は家でもやりたい放題。
近頃病に伏せっている妹・おかちが病気平癒のため祈祷を授かっていると、突然なにかが取り憑いた様子となり「自分は先代の徳兵衛だ。与兵衛に好きな女と所帯を持たせてやるように」と言い出す。しかし徳兵衛はそれを相手にせず「おかちに婿養子を迎えて後を継がせる」というので、与兵衛は腹を立て、義父を足蹴にする! おかちが止めに入り、すべては与兵衛に頼まれて打った芝居だと明かす。計画を暴露され、ますます腹を立てた与兵衛は、おかちまでも踏み付ける。戻ってきた母・おさわは、息子のあまりの暴虐ぶりにしびれを切らし、勘当を言い渡すのであった。
【3】つまるところ、子どもはかわいい。その情けを知った息子だが・・・
強がりを言いながら家を飛び出した与兵衛は、豊嶋屋へ向かう。実は、与兵衛は父親の印判を無断で使用して借金をしてしまっていた。今日中にその返済ができなければ、義父・徳兵衛に難儀がかかってしまうため、七左衛門を頼りに来たのだった。
ところがそこへ徳兵衛がやってくるので、与兵衛は隠れて様子をうかがう。徳兵衛は「もし与兵衛がきたならば、改心して家に戻るように諭してほしい」とお吉に言い、息子に渡して欲しいと銭三百文を渡す。さらにおさわもやって来て、徳兵衛が来ていることに驚き「その甘やかしが息子をダメにする」と意見するが、懐から銭五百文と粽(ちまき)を落とす。実は2人とも与兵衛のことを案じ、こっそり金を渡そうとしていたのだ。お吉はその親心を察し、2人から金を預かることにする。
【4】優しい近所のお姉さんに拒絶され、制御不能となった青年は。
すべてを陰で聞いていた与兵衛は、両親が帰っていくのを見送った後、お吉の前に姿を現す。そして「親の情けを知ったので、これからは真人間になる」と宣言する。それを聞いてお吉は預かっていた金を渡すが、その金では返済額に及ばない。そこで与兵衛はお吉に借金を申し出るものの、お吉は夫に与兵衛との仲を疑われていることもあり、きっぱりと断られてしまう。
すると与兵衛は態度を一変し「以前からお吉のことが好きだった」と言い寄り、「不義になって金を貸して欲しい」と迫る。これに対し、毅然とした態度で断るお吉。親切だったお吉にはじめて拒絶された与兵衛は混乱する・・・。そこで与兵衛は、金の代わりに油を二升貸して欲しいと懇願し、お吉が樽に油を詰めようとした隙に、与兵衛はお吉に斬りかかる! 2人は油まみれになりながらもみ合い、とうとうお吉は息絶える。我に返った与兵衛は、呆然としながらも、戸棚の内の金を盗み逃げ去って行くのだった。
『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』とは
享保六(1721)年人形浄瑠璃として大阪竹本座で初演。近松門左衛門作。実際に大阪で起きた油屋の殺人事件を素材にしているといわれているが詳細は不明。衝撃的な内容ということもあり、江戸時代に歌舞伎で上演される機会はなかったが、明治42年11月、初めて上演(渡辺霞亭台本)。感情を抑えきれずに、衝動殺人におよぶ青年の姿が現代性を帯びていると注目され、上方歌舞伎の代表的作品として上演を重ねている。
監修・文/関亜弓
歌舞伎ライター・演者。大学在学中、学習院国劇部(歌舞伎研究会)にて実演をきっかけにライターをはじめ、現在はインタビューの聞き手や歌舞伎と他ジャンルとのクロスイベントなども行う。代表を務める「歌舞伎女子大学」では、現代演劇を通して歌舞伎の裾野を広げる活動をしている。
イラスト/カマタミワ
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