日本の伝統芸能・歌舞伎。興味はあるけどちょっと難しそう・・・なんて思ってない? そんな歌舞伎の世界に触れてもらうこの連載。古典ながら現代にも通じるストーリーということを伝えるために、イラストは現代風に超訳してお届け。今回は、2020年『九月大歌舞伎』で上演の「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)引窓(ひきまど)」に注目します!
恋する歌舞伎 第62回
「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)引窓(ひきまど)」
【1】母の苦悩。息子の出世を決めるのは、再会した実子に縄をかけること!
ここは京都近郊にある八幡の里。「放生会(ほうじょうえ)」(※)の前日、南与兵衛(なんよへえ)の家では、妻のお早(はや)と母のお幸(こう)が与兵衛の帰宅を待っている。彼は亡き父と同じ郷代官(ごうだいかん:警察菅)に任命され、南方十次兵衛(なんぽうじゅうじべえ)という名を継ぐことになったのだ。と、その主人が帰る前に体格のいい男が人目を忍んでやってくる。彼の名は濡髪長五郎(ぬれがみちょうごろう)。与兵衛の父と再婚する前に、里子に出していたお幸の実子である。突然の息子の訪問を喜ぶお幸に対し、長五郎はどこか落ち着かない様子なので、ひとまず2階へと案内する。
そこへ、侍姿の南与兵衛が帰宅する。その立派な姿に母と妻は喜ぶが、与兵衛は帰宅するなり、初仕事に関する密談を、平岡丹平と三原伝造らと始める。実は、丹平の弟と伝造の兄が大坂で殺害されたのだ。その犯人の人相書を持参しているが、そこに描かれていたのは、今まさに2階にいる長五郎の顔。長五郎は恩人のために、やむを得ず殺人を犯し、その罪で終われる身となっていたのだ。何という悪縁か、与兵衛の初仕事は義兄を縄にかけることなのだった。
放生会:殺生を戒めるために生き物を逃す仏教の行事
【2】貯金をはたいてまで手に入れたい!息子逮捕の指名手配ポスター
事情をのみ込んだお早は、姑の心情を察し、夫に詮議をやめるよう訴える。長五郎の存在を知らない与兵衛は不審に思うが、人の気配を感じたため手水鉢をのぞき込むと、2階から様子をうかがう男の姿が水面に映るのを確かめるのだった。お早はそれに気づき、機転を効かせて引窓の紐を引いて部屋を暗くするが、その行動からも、与兵衛はこの家に長五郎がいることを確信する。すると今度はお幸が、意外な物を差し出してくる。それは今まで彼女がコツコツ貯めていたお金。そして「この金子(きんす)でその人相書を売って欲しい」というのだ。与兵衛はこのことから長五郎が母の実子だとわかり、母の苦悩をおもんばかって人相書きを渡してしまう。さらには、抜け道をわざと長五郎に聞こえるような大声で言い放ち、捜査に出かけると言ってその場を立ち去るのだった。
【3】逃亡のため我が子の顔を整形!唯一変えられないパーツも・・・
すべての様子を見ていた長五郎は、潔く与兵衛に召し捕られようと、覚悟を決めて出てくる。しかし、義理の弟の思いを無駄にしないためにも生きのびよと、母に説得されるのだった。
お幸は人相書と印象を変えるため、特徴的な大前髪を剃り落とし、右の頬の大きなホクロも剃ろうとする。が、これは父譲りのホクロであり、これだけはどうしても自分の手で傷つけることができない。すると、窓の外から何やら重いものが飛んできて、長五郎のホクロは綺麗さっぱり削り落とされる! 投げつけた人は与兵衛であり、重い包みの正体は、逃亡中の資金となる銀だった。
【4】あるイベントにかこつけて義兄を逃す、弟の優しさに家族は涙する
長五郎は、自分のためにここまで尽くしてくれる母親と、その家族の優しさに心を打たれる。そして「どんな理由であれ自分は科人である。泣かずとも縄をかけ、与兵衛殿へ身柄を渡してほしい」とお幸を諭すのだった。お幸は息子の言葉に涙を流し、心を鬼にして引き渡すことを決意する。長五郎は窓の引窓の紐で縄をかけられ、与兵衛にゆだねられる。しかし引き渡された途端、与兵衛はその縄を切ってしまう! 引窓が開き、家族たちを月の光が照らす。与兵衛は「今日は放生会。野に放して殺生を戒める日だから、お前も逃がす」といい、長五郎を逃したのだ。家族の慈悲心に感謝をし、長五郎はその場を去るのだった。
「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)引窓(ひきまど)」とは
寛延2(1749)年大坂竹本座初演。「双蝶々曲輪日記」の八段目に当たる。原作は竹田出雲、三好松洛、並木千柳の合作。舞台である八幡の里は、現在の京都府南部にある八幡市。現在も石清水八幡宮において、魚鳥を放つ放生会の祭儀が行われている。
監修・文/関亜弓
歌舞伎ライター・演者。大学在学中、学習院国劇部(歌舞伎研究会)にて実演をきっかけにライターをはじめ、現在はインタビューの聞き手や歌舞伎と他ジャンルとのクロスイベントなども行う。代表を務める「歌舞伎女子大学」では、現代演劇を通して歌舞伎の裾野を広げる活動をしている。
イラスト/カマタミワ
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第三部では「双蝶々曲輪日記 引窓」を上演!歌舞伎座『九月大歌舞伎』
歌舞伎座『九月大歌舞伎』には、吉右衛門、梅玉、玉三郎や幸四郎、松緑、猿之助、菊之助など豪華な役者が出演する。上演されるのは、曽我兄弟が父親の敵を討つが相手は一枚上手だった「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」、男と女の心のすれ違いを描いた「色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)」、名月の夜に起きた温かい家族の物語「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)」、恋に悩む娘の舞踊「鷺娘(さぎむすめ)」。1部につき1幕のみの上演で料金もリーズナブルなので、これを機に憧れの歌舞伎デビューをしてみては?
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