メトロミニッツ、カウンター

建築家・干田正浩さんが考える「カウンターのある空間」

更新日:2025/04/20

ここ数年で登場した数々の話題店。印象的な空間づくりに設計者を調べると「建築家・干田正浩」の名前に当たることがしばしば。しかもどの店もカウンター使いが印象的! 気になる存在・干田さんに話を聞きました。

デジタル全盛の今こそ求められる
コミュニケーション装置=カウンター

干田さんが手がけた東京の名カウンター/pas loin(パ・ロワン)
人気ビストロ「シンバ」の2 号店となるワインバー。ビル2階の目立たない立地に反し、連日深夜まで大盛況。キッチンをコックピットに見立て、周りにカウンターを配置した約8坪の店内は、広い窓と相まって開放感十分
東京都中央区銀座4-14-2 XCD銀座ビル2F 

毎夜ワイン好きでにぎわう東銀座のバー「パ・ロワン」、福岡の有名コーヒーショップの東京初出店「コーヒーカウンティ東京」、旬の素材にハーブやスパイスを駆使したアイスクリームショップ「カシキ」、モダンに生まれ変わった老舗うなぎ店「八重洲 鰻 はし本」——。共通点は、東京のフードカルチャーを牽引する人気店であることと、店内のいちばん目立つところにカウンターが鎮座していること。そして店舗設計を手がけたのが、気鋭の若手建築家・干田正浩さんであることです。今挙げた以外にも、数々の店舗でカウンターを設置してきた干田さん。舞台で言えば主役が立つ場所=センターにカウンターを据えることは、干田さんの中ではごく自然な流れなのだと語ります。「店舗設計の最初に、まず入れたい要素としてカウンターを考えます。僕の場合、店舗に限らず住宅の場合も、キッチンカウンター中心の計画になることが多い。人がどう集まってどう過ごすか考えたとき、すごくいろんな使い方ができる装置がカウンターなんです」

干田さんが手がけた東京の名カウンター/COFFEE COUNTY Tokyo(コーヒーカウンティ トウキョウ)
福岡発のコーヒーショップの東京進出1号店。レンガの陰影が美しい洞窟のような店内で、絶品のコーヒーやスイーツが楽しめる。アールを描くカウンターは物販スペースを兼ねたり、グリーンが飾られたりと大活躍
東京都世田谷区北沢1-30-3 1F

干田さんの手がけるカウンターの印象は、店によって千差万別。例えば「コーヒーカウンティ東京」では、床を覆う赤茶色のレンガが立ち上がるようにしてカウンターを形成。入った瞬間、そのプリミティヴな存在感に目を奪われます。「『コーヒーカウンティ』のオーナーの森くんも僕も、お互いエチオピアに滞在した経験があって。6年前に福岡県・久留米の本店を作るとき、エチオピアの土をテーマにしたんです。一昨年、東京に店を出す際、じゃあ次の素材は土を焼き固めたレンガにしようと。あえて焼き色にバラつきが出る窯で焼いてもらい、独特の質感を出しました」。

干田さんが手がけた東京の名カウンター/rego(レゴ)
パリで6年間ワインバーを営んだソムリエ・松井豪さんによる待望の新店。大きく長いテーブルに特注の照明が相まって、ワインの美味しさをより際立たせる。店主のキャラクターを反映させたカウンター
東京都渋谷区恵比寿2-5-8

そんなふうに素材から計画するカウンターもあれば、干田さんと施主の関係がユニークな形で反映されるカウンターも。今年オープンした恵比寿のワインバー「レゴ」は、干田さんと旧知の仲のソムリエ・松井豪さんがオーナー。「豪くんはその場を華やかにするソムリエなので、舞台装置のようなカウンターがいいと思ったんです。照明をカウンターの上だけに付け、テーブル部分がぽっと灯りで浮き上がる感じ。人とワインが入って初めて完成する空間です。設計が始まった当初、スタッフと『こんな感じにしたら、豪くん喜びそうだよね』と話して決めました。いつも事務所でワインを飲みながら、ああでもないこうでもないとアイデアを出し合っています(笑)」

干田さんが手がけた東京の名カウンター/kasiki(カシキ)
アイスクリームショップのイメージを覆す空間作りが話題に。左官作業をあえて利き手と逆の手で行い、ほどよくラフな仕上がりにすることで空間にあたたかみをプラス。昼夜でまったく違う雰囲気に変化します
東京都渋谷区西原1-13-2
PHOTO/Koji Fujii (TOREAL)

実は干田さんは、界隈では有名なワイン通。ワイナリーの設計を何軒も手がけるほか、なんとみずからワイン醸造もスタート。過去にはジャーナリズムに興味を持ち、カメラマンとして世界を飛び回った経験も。建築家という枠にはまらない活動を長年続けてきました。さまざまな視点で国内外を訪れる中、各地のカウンターの光景に惹かれてきた干田さん。イタリアでは、毎朝街の人が入れ代わり立ち代わり現れ、他愛のない話をしながらエスプレッソを飲み干していくカウンターが。アフリカのスラム街では、お弁当の屋台でベンチ代わりに使われているドラム缶が、夜になると板を渡してバーカウンターに早変わり。見えてくるのは、その場所に綿々と息づく人の営みです。「カウンターって、ひとつの文化としておもしろい」と干田さん。昨今、カウンターを据えた小さな店が増えている東京の食シーンについて、「普段からいろいろな店に行く方ではないので、そういう飲食店が増えたのは知らなかったのですが……」と前置きしつつ、「でももし増えているとしたら、デジタルなコミュニケーションがまん延する今の世の中で、生身のコミュニケーションが求められているからだと思います。それが進化なのか原点回帰なのかはわかりませんが、みんなデジタル中心の生活に疲れてきたのではないかと。生身のコミュニケーションは廃れませんから」。だからこそ、干田さんが建築を設計するうえで大切にするのが、図面や写真には現れないけれど、確実にその場に存在する“空気感”です。「例えば、旅先で修道院に入ってみたら音の広がりがすごくよかったり、久々に遊びに行った田舎の親戚の家に漂う香りから、いろんなことを思い出したり。それこそが、人間のいちばん根源的な感覚のはず。いつも、そういう感覚に響く建築を作りたいと考えています」

干田さんが手がけた東京の名カウンター/八重洲 鰻 はし本(やえす うなぎ はしもと)
昨年、日本橋駅徒歩5分の場所に移転オープンした1947年創業のうなぎ屋。木造2階建ての店内は老舗の品格とモダンさが心地よく融合。干田さん命名・臨場感たっぷりの“灰かぶり席”のほか、小上がり席、ソファ席などが
東京都中央区八重洲1-5-10

インタビューの最後、干田さんが「ここはね、すごくおもしろいカウンターがあるんですよ」と教えてくれたのが、昨年10月、2年に及ぶ工事を経て完成した「八重洲 鰻 はし本」。「通常、焼き場の前のカウンター席には、炭の灰が飛ばないようにガラスを入れるんです。でも、ここでは入れませんでした。うなぎが焼かれる香りも含めて楽しんで欲しくて。別名“灰かぶり席”です(笑)」。灰が飛んでもなんのその、今後東京のフーディーの間で、この席が争奪戦になることは間違いなし。店のキャラクターを五感で味わえるカウンターのある空間。そこに、店とゲストの幸せな関係性が見えてきます。

建築家 干田正浩さん

PROFILE
1983年、東京都生まれ。2006 年より写真家の活動のかたわら20ヵ国以上を巡る。2009年工学院大学大学院建築学専攻を修了。国内外の設計事務所を経て、2016年、干田正浩建築設計事務所設立。2022年、MHAA建築設計事務所に組織改編。食に精通し、ワイナリーの設計も手がける。昨年みずからワイン醸造も開始 

WRITING/RIE KARASAWA
※メトロミニッツ2025年5月号より転載 

※記事は2025年4月20日(日)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります