
店員さんと会話したり、料理ができあがる様子をじっくり眺めたり。もちろん1人の時間を楽しむ人も。誰でも自分だけの、思い入れのある特別なカウンター席があるはず。モデル・エッセイストとして活躍される小谷実由さんの「わたしのカウンター席」をご紹介します。

普段の生活の枠を超えて
新しい価値観を教えてくれる場所
「但馬屋珈琲店 本店」を初めて訪れたのは22歳の頃。アルバイトの下見に行きたいという友人の誘いがきっかけでした。10代の頃、私たちの世代がよく行っていたのはカフェ。それまで喫茶店に足を踏み入れたことがなかったんです。
私はもともと1960年代のファッションや音楽、映画など、古い時代のカルチャーや物が好きでした。老舗の喫茶店には歴史が積み重なっているので、憧れの世界の物があふれ、それらに直接触れられる場所として興味がありました。でも1人でお店に入る勇気がなくて。だから友人からの提案がいい巡り合わせになりました。

ドアを開けると目に入ったのは、カウンターの向こうでコーヒーを淹れている店員さんの姿。やかんからは蒸気が立ち昇り、常連さんらしき人たちがカウンター席に座っていて、静かにコーヒーを楽しんでいました。
博物館でガラス越しに観賞するのではなく、憧れの世界に自分が入り込み、一体化できた気がして、嬉しかったのを覚えています。
「但馬屋珈琲店 本店」を気に入った友達はさっそく募集に応募してアルバイトを開始。私もそのうち「今日いる?」みたいに連絡を取って、1人でも通うようになりました。
カウンターの後ろには年代物のカップが並べられていて、混雑していないときは「あのカップでお願いできますか?」とリクエストに応じてくれるのも嬉しい。カウンター席に座ると、ドリップの香りもテーブルにいるより鮮やかに感じられます。

実は私はもともとコーヒーが飲めなかったんです。でも、カウンターの向こうで友人が淹れてくれた1杯を飲んだら、とてもおいしくて、コーヒーにのめり込んでいきました。私は強い味が苦手だから、彼女は初め、少し薄めに調整してくれていたのかもしません。
お気に入りのホットのアメリカンは酸味がなく、すっきりとしたおいしさ。楽しみ方にも広がりが出てきて、お店で豆やネルドリップを購入して、自宅で淹れたこともあります。
そのうち、このカウンター席に来ると、誰かしらほかの友人にも会えるようになり、毎週のように通っていました。今では家族とも訪れますが、座るのはやっぱりカウンター席。理由を考えてみると、働く人たちの姿を目の前で眺められ、ライブ感を満喫できるからなんだと思います。

今の飲食店では、テーブルのタブレットや自分の端末からオーダーできる店も増え、スピーディに提供してもらえますよね。ありがたいことだけれど、料理や飲み物が実際に人の手を介して作られているという、その時間が見過ごされている気がします。
カウンター席に座ればその過程を間近に見て、知ることができる。とても貴重で得がたい体験です。「こういう材料が入っているんだ」、「あんなふうに作るんだ」とわかるのは楽しいし、完成品がカウンター越しに運ばれてきて、実際に味わってみれば理解が深まりますよね。

他のお店でもカウンターが好きでよく座ります。お寿司屋さんや焼鳥屋さんでは技術を目の当たりにでき、「今からその料理が食べられるんだ!」と気持ちがぐっと高まる。
もともと職人さんの手仕事を見るのが大好きなんです。その技を見られる機会があるんだったら逃したくない。作られる過程を知れば、味わい自体も大切に、愛おしく感じられます。誰かにその魅力を伝える時にも、説得力が全然違いますよね。

「但馬屋珈琲店 本店」で働いていた友人は、夢を実現し、京都で「珈琲ヤマグチ」というお店をオープンしました。丁寧にトリップしたおいしいコーヒーが味わえます。
普段の生活の中では出会えないなにかに巡り合え、1歩踏み出せば新しい価値観を教えてくれる場所。こちらから見える世界と、あちらのお店の中から見える景色は違っていて、そこをつないでいる境界線が「カウンター席」なんだと思います。
但馬屋珈琲店 本店
たじまやこーひーてん ほんてん
電話/03-3342-0881
住所/東京都新宿区西新宿1-2-6
営業時間/10:00~23:00(22:30LO)
定休日/無休(1/1のみ休)
モデル・エッセイスト
小谷実由さん
PROFILE
1991年、東京都生まれ。14歳からモデルの活動を始める。2022年発行の『隙間時間』に続き、今夏、書き下ろしのエッセイ集を刊行予定。ナビゲーターを務めるJ-WAVEオリジナル・ポッドキャスト「おみゆの好き蒐集倶楽部」が配信中
PHOTO/KYOHEI HATTORI WRITING/ATSUSHI SATO HAIR&MAKE/BOYEON
※メトロミニッツ2025年5月号より転載