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写真家・詩人 松本慎一の24時間と3万円「フィルムカメラをお供に、善光寺と蕎麦を訪ねて」

更新日:2025/03/20

東京を拠点に、日本全国さまざまな場所を訪れ、制作活動をされている写真家・詩人の松本慎一さん。そんな松本さんが“24時間と3万円”で旅をした、とある1日のこと。

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自宅の最寄駅を4時41分に出る始発に乗った。

この時間に移動する人にはなにかしらの事情があり、それらの事情が気配になって車両を満たしていた。私は善光寺をめざしていた。

24時間、3万円。

そう聞いたとき、長野県出身の友人が「いつか善光寺を撮ってほしい」と言っていたことを思い出したのだ。

善光寺のことはほとんどなにも知らない。この知らないままの自分で、友人が「心の拠り所」と呼ぶ寺に行ってみようと思った。

道連れにはCANON AE-1を選んだ。1976年、私と同じ年に生まれたフィルムカメラだ。48歳どうし、まだまだがんばろうという気持ちを込めて連れ出した。

こう書くと長年連れ添っているようだが、私たちは去年メルカリで出会った。

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東京駅6時8分発の上越新幹線に乗る。夜明けの光に照らされた街の彼方に富士山が見えた。

6時57分、高崎駅で降りまっすぐ駅弁売り場に向かったが、店はまだ開いていなかった。

落胆し、隣のコンビニに入ると「本日限定! 駅弁祭り」と装飾されたワゴンにお目当ての「鶏めし」があったので嬉々として買った。高崎市出身の友人の好物で、いつか私も食べたいと願っていたのだ。

7時17分、高崎駅発「はくたか」に乗り、両手を揉んで弁当の蓋を開ける。しっかり味付けされた鶏の照り焼きは冷めていてもおいしく、鶏そぼろのかかった茶飯に合う。ひと口ごとに身体が目覚めていく気がした。

外を眺めると、真っ白な雪をかぶった浅間山が見えた。

ふと、あの駅弁祭りは本当に今日だけなのかと疑問が浮かぶ。

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8時3分、長野駅に着いた。かなり寒い。

在来線の改札から通勤客が次々と出てきて、早足に歩いていく。いつもの場所へ向かう彼らの速度は速く、初めての場所を訪ねる私の速度はゆっくりだ。

駅前の地図で道順を確かめ、表参道を行くことにした。かじかむ手を温めるためコンビニでコーヒーを買い、両手で包みながら歩く。

チェーンの飲食店や銀行などが並ぶ大通りを15分ほど進むと、土産物屋が現れ、門前の雰囲気になった。交差点の角に古い蕎麦屋があり、ガラス越しに職人さんが蕎麦打ちしているのが見えた。参拝を終えたら、あの店で蕎麦を食べようと決める。

しばらく歩くと、大きな門が見えた。左右に立つ仁王像の視線を感じつつ、服を整え、一礼してくぐる。参道の石畳がつるつるにすり減っている。今まで何人がこの道を歩いたのだろう。

山門はさらに大きかった。7階建てのビルくらいの高さだ。「善光寺」と書かれた額を見上げ、ここが善光寺か、と思う。

午前9時。背丈を超える大香炉が午前の澄んだ光を浴びて輝いている。線香を買い、火を灯して投げ入れ、手を合わせた。

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本堂はまさに大伽藍だった。いくつもの太い柱が、ここは安全な場所だと告げるように立っていた。

階段を上がり中に入ると「おびんずるさん」がいらっしゃった。高さ1mほどの座像で、自分の体の悪い所と同じ部分に触れると、そこを癒してくれると聞き、老眼の兆しがある私は目を撫でさせていただいた。1713年からこの場所で撫でられ続けてきたというおびんずるさんのお体は赤子の肌のようにツヤツヤだった。

靴を脱いで内陣に上がると、百以上の畳の奥に瑠璃壇があった。そこには御本尊の一光三尊阿弥陀如来像が祀られているが、秘仏であるため厨子は閉ざされ、644年の創建以来、一度も開かれたことがないそうだ。

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お寺の方に「お戒壇巡りしますか」と聞かれ、それはなんですかと尋ねると、一種の修行だと言う。瑠璃壇の下に通路があり、その途中にある「錠前」に触れると、阿弥陀様とつながりが生まれて極楽に行くことが約束される。ただし、その通路の中では決して明かりを点けてはならないという掟がある。

少し迷ったが、瑠璃壇の端から端までまっすぐ歩くだけだろうと思い、1人で階段を降り通路に入った。初めは入口からの光でかろうじて床や壁が見えていたが、しばらくすると真の闇に包まれた。くれぐれも右手を壁から離さないよう忠告されたので、指先に触れる冷たい壁の感触を頼りに進んでいく。

次第に自分と外の境界が曖昧になり、意識が暗闇に溶けてしまいそうで心細くなった。平衡感覚もおかしくなり、うまく歩けない。

転ばないよう慎重に進んでいくと、なんと通路が右に曲がっていた。予想しなかったことに足がすくむ。

そのとき突然「触れた?」と声がした。驚いたが平静を装い「まだです」と答えると、「あ、前に誰かいるよ」とさっきの声の主が言った。どうやら2人組の修行者が後ろにいたようだ。

同じ道を来た人がいると思うと心強くなり、私は気を取り直して通路を進み、錠前に触れて外に出ることができた。

声の主がどんな人だったのか気になってしばらく出口を見ていたが、誰も出てこなかった。

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本堂を後にし、再び大香炉の前に立った。

参拝者たちは香炉からあふれ出る煙を浴びて、みな嬉しそうに微笑んでいた。

ここは平和だと思った。世界のあらゆる場所が平和であって欲しいと願った。

時計を見ると正午だったので、本堂に向かって礼をして、来た道を戻る。

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交差点の蕎麦屋が開いていたので入り、身体が冷えたから温かい蕎麦にしようと思いながら席に着くと、店員さんが温かい蕎麦茶を出してくれた。

ひと口飲んで、やはり蕎麦はせいろで食べたいと考え直し、「天ぷらざるそば」を頼んだ。

露出計でテーブルの上の明るさを測り、すぐに撮れる設定にしたカメラを膝に置いた。窓越しに参道を歩く人たちをぼんやり眺めていると、注文の品がやってきた。

さっと1枚撮ってカメラをしまい、まず蕎麦をすすった。甘辛いつゆ、鼻に抜ける蕎麦の香り、つるつるののど越し。ほおがゆるみ、うんうんと頷いてしまう。

揚げたての薩摩芋の天ぷらは箸でつまむとサクッと音がして、口に入れると暖炉のように温かく、安心する味がした。

夢中で食べ終え、蕎麦湯を飲み、心から満足して店を出た。

時刻は13時だった。

旅人に聞く、旅の必需品

カメラ、フィルム、露出計

撮り終えたフィルムは旅先から山口の山本写真機店に郵送し、現像してもらっている

松本慎一の24時間と3万円レシート

松本慎一さん

PROFILE
1976年、静岡県生まれ。大学卒業後、会社勤めの傍ら「トナカイ」のハンドルネームで活動。2021年、撮影業で独立。主に人の肖像を撮ることを生業とする。著作に『すべてのあなたの記憶』『花が咲く頃の土』『物語は変わる』がある

PHOTO/SHINICHI MATSUMOTO WRITING/SHINICHI MATSUMOTO
※メトロミニッツ2025年4月号より転載 
※善光寺本堂内は特別に許可を得て撮影しております

※記事は2025年3月20日(木)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります