旅,ローカリズム

編集長コラム〈サラリーマン賛歌〉

更新日:2025/03/01

社会人になってずいぶんたって
いまあらためてしみじみと
サラリーマンっておもしろい

サラリーマン,サラリーマンっておもしろい

毎日がんばって生きている
サラリーマンへの賛歌を

編集者という生き方を志し、それを職にし、もうずいぶん長い月日が経ちました。

プラモデル作りが得意な内気な少年は、野球に出会ってそれにのめり込み、補欠入学でやっと滑り込んだ大学では勉強もろくにしないでフラフラと過ごし、超がつくほどの就職氷河期にまぐれで入社したこの会社で、僕はもう20年も編集者として働かせてもらっています。言うまでもなくそれは幸運だったと言うほかありません。


編集者の仕事を言葉にすると、それは「自分が無知であることを知り続ける」仕事だと思います。言い換えれば「世界にはまだ知らないことがあるのだということ」を日々感じられる仕事です。そう考えるとなんだかすばらしい仕事のようにみえますが、実際にほんとうにすばらしい仕事だなと感じます。

僕らはとてつもなく広い世界に住んでいながら、とんでもなく慌ただしい日々の中で狭い視野の中に閉じこもるように生きています。でもその同じ日々の中で、ふと入ったギャラリーに飾られた1枚の写真にハッと息を飲み、誰かの語る自分と同じまなざしの世界への視座に思いもよらない涙を流し、夕方の駅のホームから見える嘘みたいに真っ赤な夕日に心を動かされて生きています。僕らが作っているもの(目指すべきもの)は、そういう心が動くきっかけづくりです。みなさんが働いているあいだに、僕らはそれを集め、編んでいます。そう。「集め」て「編む」。それが編集という仕事です。

サラリーマン,サラリーマンっておもしろい

そして僕は主にずっとそれを町のなかにあるお店や場所、そこにいる人の言葉から編んできました。それがずっと僕の仕事でした。でもこの「サラリーマン特集」ではじめて、僕は「働く人」の声に耳を傾け、その働く人が集まった「会社」を訪問し続けました。そしてやっぱり思ったのは「世界にはまだ知らないことがたくさんある」のだというワクワクするような事実についてでした。

今回の取材で訪問した博報堂ケトルという会社の代表の嶋さんは、僕にとってはもうずっと長くサラリーマンとして、クリエイターとしての憧れの先輩です。その嶋さんがこう教えてくれました。これも取材だったから聞けた言葉かもしれません。

「会社の良いところは集団であること。でもそれは友達じゃなくてもいいんです。そこにあると理想なのは『リスペクト』と『嫉妬』なんじゃないかなと思います」

僕はこの「嫉妬」という言葉を聞いて、自分の編集の仕事のことを省みました。僕は長く働くことで、会社の中で「うまくやる」ことばかりに気を取られて、嫉妬の感情を持つことはなかったかもしれない。そしてマーケティング的な言葉でいえばマネジメントに気を取られて、仲間たちに嫉妬されるような仕事の背中を見せられていなかったかもしれない。

サラリーマン,サラリーマンっておもしろい

小学校のとき、僕が作るプラモデルは誰にも真似できないほどのクオリティでした。おばあちゃんはいつもそれを褒めてくれて、僕もそれが嬉しくてどんどんプラモデル作りにのめり込んでいきました。そしてそれはいつからかおもちゃ屋さんのショーウィンドウに飾られるほどにまでになりました。もしかしたら、誰かに嫉妬されるくらいのもの(友達はまったくそれを知らなかったので誰にも嫉妬されませんでしたが)だったかもしれません。でも僕は誰にも負けないくらいプラモデルに時間を使っていたし、たくさんの上手な作品を見るようにしていました。そしてとにかく毎日それに没頭していた。たぶん、そういうことなのだと思います。

サラリーマン特集を作って、たくさんの働く人に会って、その会社のすてきな話を聞くたびに、僕は自分の会社で一緒に働いている仲間たちのことを思いました。そして思い出すのはいつもチームのみんなが笑っている顔でした。その顔が大好きだから、その顔が曇らないように、僕はみんなが編集の仕事を「楽しい」と思ってもらえるように、みんなに嫉妬されるくらい頑張らなくてはと思ったのです。サラリーマンって、やっぱりおもしろいです。

※メトロミニッツ2025年3月1日号より転載 

※記事は2025年3月1日(土)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります