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リニューアルして50冊
いまあたらためて
メディアとしてできることを
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バイアスまみれの世界の中で
僕らが強く生きていくために
「おやすみになられる方は、おやすみなさい」
1日のおしまいのニュース番組の最後で、あるニュースキャスターがこう言ってくれます。僕はこの言葉がとても好きです。そのまま眠れる日は僕も「おやすみなさい」と心の中でつぶやいて眠り、もう少し仕事があるときは「さて、もうひとがんばり」とテレビを消します。
この言葉が好きなのは、そこに彼の人となりが見えるからです。彼はちゃんと「いろいろな事情でまだ眠れない人がいる」ということがわかっている。僕のように少しだけ残った原稿を書く人もいれば、その時間からの夜勤で家を出る人だっているかもしれない。それを知ったうえで、その時間テレビの前にいる多くの人に向けて「おやすみなさい」と伝えている。その、世界を平らに見た感じが僕はとても好きです。
もちろん、そんなことは自明の理で、そこは「おやすみなさい」のひと言でいいのかもしれません。でもそこにふたつの、彼がそう言う理由と、時代背景を感じます。
ひとつは、世界が攻撃的な場所になってしまっているということ。そう言わないと心ない人たちから「まだ寝ない人もいるのにけしからん」というクレーム(という名のいちゃもん)がつきやすい時代になったということです。そしてもうひとつが、世界から想像力が失われているということ。少し前までは、まだ眠れない人がいることがわかったうえで「おやすみなさい」と言うことは別に普通のことでした。でもその「言わなくてもわかること」という、過去には当然だった前提は、言わなくては伝わらないこと(あるいは言っていないという事実)に変わってきています。言うまでもなく、それはさもしい世界だなと感じます。テレビという拡散力のあるメディアにおいては、その注意深さと全方位的な発言が、前よりもずっと繊細に必要とされる時代になったのかもしれません。
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そして僕たち雑誌というメディアにも、小さくない影響力があります。昨今では雑誌の発信から人の人生が変わるような事実が明るみになり、その(不確定な)一次情報から、多くの憶測やデマがSNSで拡散されています。僕たちの日常はそういう「攻撃的な発信」の積み重ねによって、ひどく荒れた場所になり果てました。そしてそういう情報を浴び続けている僕たちは、どんどん他人を攻撃することに痛みを感じず、無意識になっているように思います。それはニュースの中だけでなく、僕たちそれぞれの日常に流れ込んでいます。
戦争を終わらせない大国、独裁国家のように見える民主主義、足を引っ張り合う一見仲間のような疑似集団。多くの対立や分断が、世界と、僕たちの日常を喰いものにしています。たぶん僕ら愚かな人間は、放っておくと争うようにできているのです。
だからこそメディアというものは、できれば世界の善なる「光」を探して、それを届けるようなものでありたい。誰かが生きる暗闇を照らす光のようなものでありたい。僕はそう考えています。
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メトロミニッツを「ローカリズム」にして、この号で50冊目になりました。コロナウイルスが蔓延しているさなかに考えたコンセプトを雑誌に掲げ、日本中を旅しながら作ってきた日々の中で、僕たちは「分断」や「対立」ではなく、たくさんの「光」に出会いました。そしてそれは注意深くあれば、僕たちの日常の中にたくさん見つけられるということを知ることができました。だからこそ僕たちはこれからも、地下鉄のラックで手に取ってくれたあなたに向けて、大げさですがあなたの毎日の勇気になるような、希望になるような、生きていく楽しみになれるような、そんなコンテンツを作っていきたいと思います。今月も手に取ってくださり、ありがとうございます。
※メトロミニッツ2025年3月号より転載