繰り返しに美しさを見出せる
東北のモノづくり
そして福島の底力
福島の酒蔵を訪ねて
見つけたこの町の美しさ
「職人の美しさは、同じにならない繰り返しをいかに同じにするかを追求しているところですよね」
SAKETIMES というウェブメディアの編集長である小池さんは、郡山の居酒屋でふいにそんなことを口にしました。僕らは福島県の酒蔵を巡る旅に出ていて、日中すばらしい腕を持つ杜氏に酒造りの話を聞いたばかりでした。
福島の酒を巡る旅は、福島県の底力と、その日本酒の実力に驚きの連続でした。福島県の酒蔵数は、全国でもトップクラスを誇ります。その数もさることながら、その酒のレベルの高さには目を見張るものがありました。聞けば一昨年まで全国新酒鑑評会での金賞受賞銘柄数9回連続日本一だったそう。
僕はそのことをぜんぜん知りませんでした。そして日本酒のマスターとも言える小池さんとの旅は、特等席で知識が増えていく、とにかくスペシャルな体験なのでした。
「近年の福島県のお酒のレベルはかなり高いですよ。それはやはり清酒アカデミーの存在が大きいと思います」
小池さんはそう教えてくれました。福島県清酒アカデミー職業能力開発校は、福島県の酒造組合が運営する杜氏や蔵人育成のためのアカデミー。県内酒造会社の社員らが酒蔵で働くかたわら、300時間を超える座学や研修などで酒造りの技術や知識を学ぶというものだそう。実際に多くの卒業生が、現在の福島の日本酒造りの躍進を支えているのだとか。
今回の道中で福島の日本酒の現在地について質問すると、ほぼすべての人の口からこのアカデミーのことが語られました。そしてこのシステムのすばらしいところは、閉鎖的になりやすい日本酒業界のなかで、福島は「横の繋がり」が生み出せていることだと思います。酒蔵の人が口々に、自らの酒蔵以外のおいしいお酒を教えてくれるのです。
そしてもうひとつ印象的だったのが、すべての酒蔵が「自分の町の日常のお酒を造っている」という意識が強かったことでした。
天栄村という小さな村で「廣戸川」という日本中から注目を集める酒を造っている松崎酒造の杜氏の松崎さんは、今でも地元に流通させる1升瓶の「普通酒」の生産を大事にしていると言いました。この村の人はずっと廣戸川を1升瓶から熱燗にして晩酌をし、その日常の繰り返しの中にある酒を造る地元蔵として松崎酒造が存在する。
全国からどれだけ脚光を浴びてもその姿勢は変わらない。松崎さんの静かな佇まいとしなやかな酒造りを知った後、僕も日本酒の先にある杜氏という存在を強く意識するようになりました。
郡山の地酒をしこたま飲んで千鳥足でホテルにもどる道すがら「お茶漬け・生そば」という暖簾を見つけました。のぞき込むと満席で、多くの人がなぜかみなカレー南蛮そばを食べています。
さすがにずいぶん食べて飲んで満腹でしたが、僕らは目を合わせると、うなずいて暖簾をくぐりました。隣の人に聞けば、ここは郡山の人が酒を飲んだ帰りにみんなカレー南蛮そばを食べるのだそう。
見ればカウンターには瓶ビールをかたわらに熱々のカレー南蛮そばをすする残業帰りのサラリーマンや、酔っ払って楽しそうに笑いながら談笑するおじちゃんたち、みんながカレー南蛮を食べています。
僕たちも瓶ビールを頼み、僕はしばらくぼんやりとそのカウンターの幸せな景色を眺めていました。僕らは明日の朝、別の場所に旅立ち、そしてそのまま自分の日常に帰っていく。でも、この場所ではこれからも深夜になると人々が瓶ビールを開け、笑って1日をおしまいにするためにカレー南蛮そばを食べている。
「日常」。僕はその美しさに、ひれ伏したくなります。僕らは人生という日常を生きている。そして僕らはそれぞれの場所に日常を積み重ね、繰り返していく。日常はあちこちにパラレルに存在し、今こうしている時間も、天栄村では廣戸川を飲んでいる人がいる。
そう。僕らは日常の反復性の中に美しさを見いだすことができる。福島の強さは、その日常を大切にする力であり、そのひとつの象徴として日本酒がある。そんなことを思った郡山の夜なのでした。
※メトロミニッツ2025年1月号より転載