高知,カルタ

VOL.45_長野県・東御市編_ローカリズム~編集長コラム【連載】

更新日:2024/09/20

人生という有限の時間を
どう使い、生きるのか
巨峰を収穫しながら考えた

長野,東御,アパチャーファーム

メトロミニッツオリジナルの
ワインを造っています

こんにちは。いつもメトロミニッツを読んでいただきありがとうございます。腕のいい詐欺師みたいに、太陽の光がゆっくり弱まって地表の温度を下げていき、気付けば僕らは今年も秋の入口に足を踏み入れたようです。長野県から東京に戻る新幹線の車内でこの原稿を書いていますが、さっきまでいた夕方の上田駅のホームにはもうすっかり秋の風が吹いていました。

長野県の東部に東御という小さな街があります。なだらかな坂道の中腹にある、それはそれは見晴らしのいい街です。そこは日当たりがよく、かつ晴天率が高いことで知られています。誇張なく街はずっと坂道。振り返ると上田の市街地が見えて、訪れるたびに映画の舞台みたいだなぁと、斜面を通りすぎていく風を感じながらしみじみ優しい気持ちになるのです。

長野,東御,アパチャーファーム

僕たちは今年、その街のあるワイナリーと一緒にワインを造っています。ずいぶん前からこの街の農家さんの多くは「巨峰」という品種の葡萄を育て暮らしてきました。そしていつしかこの街は巨峰の一大産地として知られるようになりました。しかし今、街の巨峰の農地は次々とシャインマスカットの畑に変わりつつあるそうです。今はそのほうが市場価値が高いからです。

昨年、ある1本の素晴らしいワインを飲みました。それが一緒にワインを造ってくれているアパチャーファーム&ワイナリーのワインで、そのワインは巨峰から造られていました。食用がほとんどの巨峰という品種からこんなワインが造れるなんて、すごくびっくりしたことをおぼえています。

先述したように、東御という街は坂道の地形で日当たりが良いうえに朝晩の寒暖差が大きく、かつ降水量が少ない、ワイン造りに適した場所になっています。シャルドネやソーヴィニヨン・ブランといった欧州品種の生産も盛んで、勢い増す日本ワインの現在地を語るうえで、もはや避けられないエリアとなりました。醸造家の田辺さんは、その場所で「あえて」巨峰のワインも造り、それは多くの識者から高い評価を得ています。「巨峰でおいしいワインが造れれば、この街の巨峰がまだまだ価値があるのだとみんなが思えるんじゃないか」。田辺さんはそんなふうに話してくれました。

長野,東御,アパチャーファーム

お金があれば、人生でやれることは増えるでしょう。お金は数字で記号だから、自分と誰かを比べることも簡単です。でも言葉を選ばずに言えば、人生の有限な時間は、ある意味では壮大な暇つぶしだと感じます。生まれて死ぬまで、僕たちそれぞれが神様から与えてもらった時間。その時間をどう生きるか? そう考えたときに、自分が根を張った場所に生きる意味を置いていくというのは、お金では計れない価値だと思います。人生という不思議な巡り合わせの中で、僕らは出会った仕事や人、すれ違う人たちと影響を受け合いながら生きていく。それはほんとうに予測不能でおもしろいことですね。

田辺さんの造るワイン、田辺さんの葡萄農家としての矜持、誇り、僕たちに向けてくれる優しいまなざしと周りに集まってくる仲間たちの静かな清々しさ、斜面の葡萄畑、清潔なワイナリー、そのすべてが田辺さんという醸造家の人生の作品そのものだし、自分の人生を使ってそれを突き詰めている美しさに、僕は憧憬と喜びと嬉しさと、人生とは捨てたもんじゃないという希望を感じるのです。ライフ・イズ・ビューティフル。

僕たちのワイン造りの様子と、これからのことは、11月のメトロミニッツでお届けします。来年できあがるこのワインを飲んで、みなさんにも東御という街を訪れてほしいなと思っています。なにを大げさなと言われてしまいそうですが、自分の人生を作っていくのは自分自身なのだということを、僕は田辺さんのワイン造りからまた教えてもらいました。だからこそ、いつも読んでいただいている大切な読者のみなさんにも、この巨峰のワインを飲んでいただけたらと思うのです。

※メトロミニッツ2024年10月号より転載 

※記事は2024年9月20日(金)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります