高知,カルタ

VOL.44_岩手県・盛岡市編_ローカリズム~編集長コラム【連載】

更新日:2024/08/20

人と人に相性があるように人と町にも相性がある
恋人みたいな町。盛岡のこと

岩手,盛岡

賢治が「イーハトーブ」と呼び
世界の新聞が認めた町

「人の心を本当に動かすにはその人の体験から滲み出る行いと言葉しかない。知識だけでは人は共感を感じない」。僕がモノを作るときに忘れないように大事にしている宮沢賢治の言葉です。僕たちはなにか圧倒的なものだけに感動するわけじゃなくて、誰かの小さな優しさとか、ひたむきさ、そういう日々のたわいもないことに心を動かされている。それを信じて、いつも本を作っています。

 その宮沢賢治が「イーハトーブ」と呼び、ニューヨークタイムズが「世界で訪れるべき場所」としてあげた盛岡という町は、広い日本の中でも僕が好きな場所のひとつです。今日はその盛岡について書いてみたいと思います。


 再三ここで書いているように、メトロミニッツは「観光」だけじゃない町とのかかわりのおもしろさを伝えられたらと思って作っています。その町の本屋さん、喫茶店、そこで長く愛される町中華。そんななんでもないもののために訪れたことのない町をめざすことが、あるいはあなたには無駄に思えるかもしれません。そんなものはどこにでもあるじゃないかと。ただ、それは便宜上同じ名前で呼ばれているだけで、ぜんぶ違います。同じなのは、そこに暮らしがあり、そこがホームタウンである人がいることだけです。

岩手,盛岡

 人にそれぞれ個性があり、好きな人やものが違うように、たぶん場所にもそれがあって、たぶん僕たちはそれぞれに「ちょうどいい町」というものがあると感じます。例えば盛岡という町は、日本の多くの観光地に比べたらインパクトは弱い。でもその町のサイズや空気感、周波数は、僕という人間にピタリと合っています。宮沢賢治の文章が好きなように、その町にいるとき、僕は自分が町からなにをも要求されていない自由な気持ちになれる。そんな感じでしょうか。とにかくここは日常が「豊か」なのです。


 この「自由な気持ち」というのは、僕らが今こそ大切にしないといけない価値観なんじゃないかなと思います。「かつてわれらの師父たちは、乏しいながら可成楽しく生きていた。そこには芸術も宗教もあった。いまわれらにはただ労働が、生存があるばかりである」。『農民芸術概論綱要』という本で、まさに賢治がこう説いています。僕らは今も、労働に追われ、生きることに精一杯になっています。戦争があり、対立があり、物価高に戸惑い、身近ないざこざに胸を痛めています。その毎日にはありとあらゆる情報が入り込み、自分という鍋の中はもはやカオスです。そして僕らは気づけばほんとうの自分を見失っています。たくさんのことを知っているのにとても不自由。だから僕らは自分という鍋を大きくしたいし、ちょっとやそっとじゃ煮詰まらない強さがほしい。そのために、自分の見識を広げるのではなく、自分の暮らしを広げる。そのお手伝いがしたくて、僕らはこの本を作っています。そんなにかんたんに、好きなものは見つからないですからね。

岩手,盛岡

 でも広い場所に住んでいるのだと自分自身で思えると、こころがぐんと伸びていくのがわかります。僕にとって盛岡はそういう町です。着いたら納豆と豚肉が入った味噌ラーメンを食べ、本屋さんで1冊本を買って大好きな喫茶店でそれを読む。眠くなったらホテルでひと眠りしてから、地元のお酒を飲みに行く。ただただそこにはその場所の暮らしがあって、束の間、僕はそこに暮らす。それは自分が取り戻されていく気分です。


 そんなことはたぶんどこでもできるでしょう。でももしそのきっかけがつかめないでいるなら、盛岡はおすすめです。こんなに普通が豊かな町はあまりありません。東京から東北新幹線に乗ってひと眠りしたら、あなたは違日常(非日常ではない)にいる。いろいろオススメを教えたいですけど、それさえも勘でどうぞ。理性には捕まえられず、うまく言葉にできないことに輪郭を与えるのが編集者の仕事ですが、この「暮らし観光」の不思議な心地よさは、なかなかに表現が難しい。どうかあなた自身の感覚で町を歩いてみてください。自分のことを信じて。もしどこかで僕ら会えたら素敵ですね。

盛岡という町について
あなたのイメージを聞かせてください

今回、盛岡のことを書かせていただきました。あなたは盛岡という町を訪れたことがありますか? 行ったことのない人は、盛岡にどのようなイメージを持っていますか? みなさんにとって盛岡がどんなイメージか聞いてみたくて簡単なアンケートを作りました。下のリンクからぜひ教えてください。抽選で盛岡のことが少しわかって、盛岡のことがもっと好きになる、素敵なプレゼントをご用意しています。

※メトロミニッツ2024年9月号より転載 

※記事は2024年8月20日(火)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります