鳥取県・東郷湖をぐるりと囲む人口16000人の温泉地、湯梨浜町。寂しげだったこの町に移り住む人が増え、今では新しいカルチャーが交錯するエリアに。ここにあるのは、都市にはない店の在り方、人の生き方だった。
INDEPENDENT MOVIE THEATER/jig theater
リラックスと集中の
波打ち際で、映画を観る
映画館なのに、いかにも寝そべりたくなるソファ。ここへごろんとなって映画を観たら、一体、どんな感覚に陥るんだろう? やってみたい。それだけの動機で、鳥取県・湯梨浜町(ゆりはまちょう)の「ジグシアター」を訪ねる旅に出た。廃校になった小学校の3階、図工室を改装し、2021年7月に開館した小さな映画館。県内で唯一のアート系だが、それがなぜか、おっとりとした湖と温泉の町にある。
館主は、大阪で映画や音楽のイベントを手がけてきた柴田修兵さんと、グラフィック・デザインを学びアートを介した福祉に携わっていた三宅優子さん。夫妻は子供が誕生して土に近い環境を探し、心身ともになじんだ湯梨浜町へ移住したのだった。
「ただ、私たちが好きでよく観ていたアート系の映画館がなくて」
漠然と「表現の場」をつくろうとしていた思いが、映画で結実した。それは彼らの感性を映す、まったくインディペンデントな映画館だ。
古い建物の「時間を巻き戻し、完成の一歩手前で止めた」イメージの内装は、壁紙や床材をはがしただけ、構造はむきだしのまま。小学生たちの微笑ましい痕跡が残る棚や机はロビーで蘇り、修兵さんの蔵書やレコード、優子さんがデザインした美しいパンフレットが並んでいる。
上映日は月に6~10日ほど。1作品または1特集に限り、「戸惑い」という独特の視点で選ばれる。
「知らない世界を知ったり、知っていると思っていたことが本当は知らなかったのかも?と気付いたりすると、人は戸惑いますよね。そうして立ち止まることで、映画を観た後の人生や社会が変わるかもしれない」
上映数が少ない分、彼らは1作ごと時間をかけて向き合い、告知もまた血の通った言葉で伝えようとする。
映画を決めて映画館を選ぶのでなく、月1回「ジグシアター」へ行けば思いがけない映画と出会える、というつき合い方は目からウロコだ。何度も観たい人にはリピート割があり、学生は500円。「ぜひ観てみて」の気持ちがあふれているではないか。
暗幕のかかった元図工室に入ると、段々に重ねられた廃材パレットの上で、あのソファが待っていた。禁断の「靴を脱ぐ」もここでは推奨。だからと言って羽目を外す人もない。ここは家じゃない、映画館なのだ。それぞれの場所から集まった誰かと、同じスクリーンに向き合い、物語を分かち合う。いわば、リラックスと集中の波打ち際で観る映画である。
ここには、「ジグシアター」を後にしても湖畔を歩き、カフェで余韻を深める時間がある。すると1本の作品は、もっと自分のものになる。
jig theater(ジグシアター)
TEL.なし
住所/鳥取県東伯郡湯梨浜町松崎619 3F
※上映スケジュール、予約はホームページより。スクリーン150インチ/約25人まで/一般1800円、25歳以下1300円、18歳以下500円。ほかに早期夜割・同作品リピート割・福祉手帳割などあり
INDEPENDENT BOOK STORE/汽水空港
くすっとさせながら
語りかけてくる本たち
東郷湖の湖畔に、「汽水空港」という旅の匂いがする書店があった。青と茶色がまだらになったトタン屋根に、色も材質もバラバラの廃材を打ちつけたようなドアはおもちゃのようだ。と思ったら、おもちゃ屋の倉庫を改装したのだそうだ。
店主のモリテツヤさんは、本棚に並ぶ本たちを、ちょっとくすっとさせながら私たちに紹介してくれる。それは「スピらずにスピる」と掲げた、偏り過ぎないスピリチュアルの本コーナーだったり。ZINEについても「自費での少部数出版」でなく、彼が語れば「誰からも頼まれていないのに個人が勝手につくる本」になる。本質だし、愛だな、と思う。
2015年10月に開店した「汽水空港」は、町で10年ぶりの書店だった。と言うが、そもそも千葉県出身のモリさんがどうして湯梨浜町へ?
「本屋は儲からないと聞いて、じゃあ自給自足で生活しようと、農業ができる場所を探したんです」
彼は「本屋」をめざして、まず農業の修業をしたのだった。ではなぜ本屋だったのかと言うと、学校に疑問を持っていた自分へ、「学ぶ喜び」を教えてくれたのが本だから。パンクに傾倒し、レコードを探しに通った東京の下北沢に「気流舎」というカウンター・カルチャー専門書店があった。そこで、パンクの歴史や文化的背景を知ったのが始まりだ。
「学びを提供するのが本屋だと。受験もない、年齢制限もない。その代わりわかりやすい答えもない。生きることは探っていくことだから、今、うちにあるのは正解のない本です」
書店には、哲学でも料理でも、世のあらゆることが凝縮されている。だとすれば、書店から社会を考えることだって大いにできるはずだ。
これまでモリさんは、さまざまな社会実験を試みている。誰でも農作業に参加したり、収穫物を食べられる公園のような畑「食える公園」。農薬と化学肥料を使わないこと以外、ルールなしのシェア畑。「土地と人間のつき合い方を、みんなで考えるための実験です」
現在、シェア畑では、年齢や職業の違う人たちが、好きな野菜やハーブを力量の範囲で育てていた。几帳面に整えた畑も、雑草がボーボーの畑も、お互いに認め合い共存している。
「『汽水空港』は最初、アスファルトのヒビに芽吹いてしまったけど、がんばって存在し続けるうちに腐葉土化して、虫たちが集まり、生態系ができてきた。自然農の畑のように」
汽水とは、淡水と海水が混じり合う水域のこと。東郷湖は汽水湖だ。澄みきった水ではないからこそ、多様な生き物をはぐくむ栄養がある。
PHOTO/MASAHIRO SHIMAZAKI WRITING/NAOKO IKAWA
※メトロミニッツ2024年8月号より転載