会社員になって25年。新しい春に思うこと。サラリーマンっておもしろい
多様化する社会の中でなぜ
サラリーマンなのだろう
僕が就職した1998年というのは思い返しても「超」が付くほどの就職氷河期で、バブルが崩壊したその残り香がまだほんの少しだけ世の中に残っている、ある意味では独特な時代でした。地下鉄サリン事件という今まででは考えられないようなことが起こり、山一證券のような大企業が破綻するなど、バブルという熱に浮かされた日本社会に冷水を浴びせるようなことが次々と起こった90年代後半、よく晴れていた空にみるみるうちに暗雲がかかっていくような暗いムードが日本を覆っていきました。そして今までは「あたりまえ」だった価値観が急激に揺らいだ社会の中で、僕はサラリーマンとしての一歩を踏み出しました。
その世界で、小さな革命が静かに起こり始めていました。インターネットの出現です。それはWindows95 の発売によって急拡大し、iPhone の普及により一気に世界的な革命へとつながりました。そしてそれまでのうっ憤を晴らすように、人々は「個人」で世界中とつながれる世の中に熱狂し、世界は激変したのです。
そのパラダイムシフトの中で「終身雇用」とか「年功序列」といった、いわゆるサラリーマン的な価値観だったものは、少しのネガティブさを伴う言葉として使われることが多くなりました。そしてそれを横目に、今に続く「多様性」を重んじる世界が、そっと幕を開けたのです。それが僕の社会人生活の中で起こったことでした。
その激変する世界の中で、僕は同じ会社で25年間働いています。そのことをなぜだろうと思うことがありますが、いつもふたつのことに考えが至ります。ひとつが最初に書いたように、超就職氷河期の時代に僕のことを拾ってくれた会社に対しての恩義と愛情。そしてもうひとつが、僕はここで本を作ることが好きだということです。
25年というのは短くない年月です。そう考えるともう恩は返したということも言えるかもしれないし、本は別にこの会社でなくても作れるとも思います。
でも僕が会社にいるのは、そこに「会社の仲間」がいるというのが大きいなと思っています。仲間というのは社長もベテランも新入社員も含めて、同じ会社にいるすべての人を指しています。簡単に言えば、ひとりではできないことが会社にいればできるし、ひとりで喜ぶよりも大きな喜びがそこにあった。別部署では面白そうなことで世の中の役に立っている。それが会社という大きな屋根の下、みんなで行われている。それが楽しいのです。もちろん会社にいれば煩わしいこともうまくいかないこともたくさんある。でもそれでもここに残っているのは、僕は自分の会社が好きなのだと思います。この会社のみんなでなにかを作ることが好きなのだと思います。
小さい頃、僕はとても内向的な人間で、家の中でプラモデルを作っているのがなにより好きな子供でした。今でも1人でなにかをすることが得意だし、その性格が災いして仕事でミスをしてしまうことも少なくありません。でも、そのミスも仲間がカバーしてくれ、仲間が励ましてくれる。僕に仕事の喜びを教えてくれたのは会社であり、サラリーマンという立場だったと思います。
ただ、僕は自分の働く会社のことしか深くは知りません。だからもっとほかの会社のことが知りたい。そう思ってこの本を作りました。そしてたくさんの会社を訪問していく中で、すてきな笑顔にたくさん出会いました。楽しく働き、みんなで苦しみを乗り越え、一緒に笑っているたくさんのサラリーマンたち。
今の会社や立場に悩んだり迷ったり憤ったりしている人に、この特集を届けられたらなと思います。もちろん個人事業主の方も、転職をすることも、どのような立場も考えも否定するものではありません。ただただたくさんの会社を見てきたら、とてもいい仕事がたくさんあって「サラリーマンっておもしろい」なと思ったのです。それをそのままタイトルにしました。
自分がいる場所より、隣の芝生は青く見えるものです。でも隣の芝生を見る前に、もういちど自分の立っている足元に目を凝らせば、そこには気付いていなかった小さな花が咲いているかもしれません。
※メトロミニッツ2024年6月号より転載