メトロミニッツ編集部がクラフトビールを造りました。そのビールができるまでのこと
行きたかった小川町に導かれ
ビールを造りに行ってきました
メトロミニッツの仕事を始めて全国の街を訪ね歩くようになって、いちばん感じているのは、あらためて日本のすべての場所に「暮らし」があり「人」がいるということでした。文字にすると「なにをあたり前のことを」という感じですが、それを知識としてではなく、体験として知ったことで、自分の人生の中でなにかが前とは変わっているのを感じています。
アラスカを旅した冒険家の星野道夫さんが、日々の暮らしの中で、ふと旅の途中で出会ったオオカミの足跡を回想し「あの岩と氷の無機質な世界を、1頭のオオカミが旅をしていた夜が確かにあったことをよく考える」ということを著作で書かれていて、少しおおげさに言うなら、それに近しい感情が僕の日々の中に芽生えたようにも感じます。今、自分の目の前にはないけれど、それは確かに世界に存在しているという勇気にも似た感情と、世界の広大さと時間が流れていることへの畏敬のような気持ち。星野さんのその言葉の本当の「意味」が自分の中に居座った。そんな感覚を持っています。
その旅をするような日々の中で出会った人の中に「醸造家」という職業の人がたくさんいました。読んで字の如くお酒を「醸造」する人です。そして僕はその醸造家さんたちのことを、よく考えるようになりました。星野さんが遠くアラスカのオオカミを思うように、なぜ多くの人に会う中で醸造家がそんなに気になるのかを考えたとき、僕は彼らの「求道的」な姿勢にいつも惹かれるからなのだなと思い至ります。
ひとくちに醸造家と言っても、例えばワインを造る人とビールを造る人は、日々の仕事の種類が違います。すごく乱暴に言ってしまえば、ブドウの善し悪しが味の多くの要素を担うワインの醸造家はいいブドウを育てることに没頭する「農家」的側面が強く、ホップや麦芽の掛け合わせや量で味が変えられるビールの醸造家は、言うなれば「学者」的側面が強いと思います。でもそのどちらにも共通しているのは、美しい目をして道を拓く求道者の要素があるということです。
今回GINZA SIXで開催するイベントに合わせてビールを造っていただくべく、築地の角打ちの名店として知られるレディバードの坂本さん夫妻の案内のもと、埼玉県小川町を訪ねました。そこで出会った麦雑穀工房の醸造家の鈴木さんは、やはりやさしく美しい雰囲気をまとったしなやかな求道者でした。
全国の仲間たちから「埼玉県の小川町はおもしろいよ」という声を聞いていました。オーガニック・サステナブルな文脈で、循環・共生型の街づくりで知られ、近年は移住先としても人気の小川町。池袋から東武鉄道の特急で約1時間の場所にある小さな駅で降りたとき、なんだか自分がRPGの世界を生きているみたいだなと感じました。和紙の里としての歴史と古い商家の風情ある街並みが残り、武蔵の小京都と呼ばれる初めて訪れる街。その街のどこかにいる、ビール醸造家に会いに行く。星野道夫さんのような壮大なものではないけれど、まなざしひとつで、毎日はワクワクする冒険になりますね。
鈴木さんの提案で、今回3社で造ろうと企画しているビールは、初夏にピッタリな夏みかんでフレーバーを付けたビールにすることになりました、鈴木さんは100%メイドイン小川町のビールにもチャレンジしていて、今回のビールも、鈴木さんが農地で自ら育てた香り高い夏みかんをどっさり使って造られています。僕は一心不乱に夏みかんをカットし、それを大きなタンクに投入しました。どんなビールができあがるのか、いまから楽しみです。
ビールのお披露目は、2024年4月26日~28日に開催するGINZA SIXのイベントにて。3日間、ゴールデンウィークのタイミングですが、みなさんと乾杯できるのを楽しみにしています。求道者の造った、夏みかんのビール。僕もイベント会場で飲めるのを楽しみにしています。言うまでもなくそれは、人生における小さな喜びのひとつです。
※メトロミニッツ2024年5月号より転載