メトロミニッツ、東京、日本ワイン

郷土食って なんだろう 座談会 in 鹿児島県・いちき串木野

更新日:2024/02/22

いちき串木野の「郷土食」ってなんだろう? いわゆる伝統料理にこだわらず、コーヒーだってカルチャーとともにあるこの土地ならではの郷土の味。食を愛する4 人が座談会形式で「郷土食」を紐解きました

会場は、大漁旗を制作する「亀﨑染工」のギャラリー「亀染屋」にて。つ けあげや榎木家母特製のがね、大和桜のお湯割りとともにざっくばらん に。がねは、さつまいもや野菜に衣をつけて揚げた鹿児島の郷土料理

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――その土地でないと体験できない食と食文化を堪能することを「郷土食ステイケーション」と呼んでいます。いちき串木野で食の体験と言えばなんでしょう?

若松(以下若) まずは県外で「さつま揚げ」と呼ばれている「つけあげ」ですよね。ここはつけあげ発祥の地と言われています。
榎木(以下榎) いちき串木野のものはほかより甘くないですか?
須納瀬(以下須) 激烈に甘い店もありますよね。一同 あるある。
小林(以下小) 松下商店さんとか、三善商店さんとか。
若 甘さ控えめの鹿児島市内に対して、いちき串木野は激甘い。つけあげ原理主義と僕は呼んでいます。

小 「うちで食べているのはこの店」で「いも入りが好き」というところまで「好き」なものをみんなが持っている。それってすごくないですか?
若 すり身の潰し具合、甘さ、豆腐の割合。それぞれ好みがあるからね。
榎 うちは松下商店。親が買っていていつでもあった。冷蔵庫を開けると10枚近く並んでいる感じがおいしそうでついつい食べちゃう。
若 3枚くらい軽く食べちゃうよね。
須 うちの親が近隣の薩摩川内出身だから子供の頃は食べてないなぁ。大きくなってからは赤崎水産さんのを食べています。日によって味が違って、骨まで入っているのがいいんですよ。
若 うちは親が松下商店だったけど、おとなになって食べた寺田屋もふわふわで好きになったし、1周回ってスタンダードな日高水産も好き。

――この土地のスタンダードとは?
若 大きな特徴としてはやっぱり甘さ。そのままでもおいしいからか、醤油はつけないし、温めもしない。
榎 おやつでも食べるし、酢の物にしたり、煮物に入れたり、おかずとしても食べています。

情報が集まる宿場町だから
上質な焼酎が生まれた

――いちき串木野には焼酎蔵が多くありますが、特徴はありますか?
若 昔から「市来焼酎」と呼ばれ、クオリティが高いことで有名でした。いちばんの理由は水。冠岳水系のおいしい水を使っているから。街道沿いで人と物の交流があったので、人材や情報がいち早く入ってきたというのも大きい。カルチャー感度が高い人も、焼酎蔵も多かったから「あそこには負けたくない」という競争や切磋琢磨とともに「いいものをつくろう」という気概があるんですよね。
小 串木野市と市来町が2005年に合併していちき串木野市となったのですが、現在8蔵あるうちの6蔵が旧市来町にありますね。若 分業制のように、市来で酒をつくって、“串木野”であてをつくっていたんですね。
須 市来は街道沿いの宿場町。僕と榎木さん、小林さんが住む串木野は漁村だったからつけあげ屋が多い。

――小林さんが主宰する「焼酎ツーリズム」が今年で2回目の開催となりますね。
小 基本、焼酎好きの人たちがやってきて焼酎蔵を巡るイベントなのですが、蔵の人たちの顔つきが変わる瞬間があるんですよ。
若 「わぁ、おいしい」と言われることが自信につながる。でも、大和桜が好きだから来た人が、ほかのところを知って好きになることもあって、それはそれでモヤモヤするけど、刺激にもなる(笑)。
小 「この蔵はこんなことをやっていたんだ」と蔵同士が互いのことを知るきっかけにもなっています。

舌が肥えた人が多いから
チェーン店も苦戦する

――いちき串木野は魚の町でもありますね。
榎 父がマグロ漁師や水産業で働いていたこともあって、鮮魚をよく持って帰ってきました。魚の匂いが染みついた父には、よく猫が寄ってきてましたね(笑)。
須 うちにお裾分けは回ってきませんでした(笑)。
小 現在マグロの水揚げはほとんど静岡だけど、ご当地ラーメンとしてまぐろラーメンを提供する店が多い。
若 日常生活では鯛やアジ、イトヨリなんかが当たり前のように食卓に上っていました。新鮮すぎて、身がぶりぶりで硬いんですよ。
須 魚屋さんで「これさばいてください」ってお願いしたらたいてい硬い(笑)。昔は今以上に魚屋さんがあって、移動販売なんかも多かった。
小 だから今、つけあげの店が多いんでしょうね。魚がいっぱい獲れたから、悪くならないうちに加工した。

若 実は僕、小さい頃から魚を食べ過ぎて、あまり魚が好きじゃないという、海の町あるある(笑)。
榎 東京に行って、どれだけここの魚が新鮮かがわかりました。東京でスーパーに行っても「朝獲れ」と書いてない。
小 そんな新鮮な魚を食べてきたこの土地の人って、舌のレベルが高いと思います。
若 だから飲食店が大変。家でおいしいものが食べられるから、チェーン店ですら続かない。
小 今ある飲食店はおいしいところしか残ってないんですよね。僕は、いちき串木野は食べ歩きの町だと思っていて、つけあげ、刺身、まぐろラーメンを食べて、いつでもお腹いっぱいになります。

海に開けた小さな町で
コーヒー文化が根付いた理由

若 いちき串木野の食として忘れてはならないのが「パラゴン」をはじめとするコーヒーとその文化。
榎 コーヒー文化が根付いた理由は諸説ありますが、遠洋漁業で海外に行った漁師たちがコーヒーをおみやげにしたとも、家を守っているお母さんが集まってコーヒーを飲むことが多かったとも聞きました。
須 鹿児島市に移った喫茶店「マリアッチ」のご主人も元船乗り。遠洋漁業で寄港した先で影響を受け、喫茶店をやろうと思ったのかもしれない。小 船でもコーヒーを淹れて飲んでいたとも言われていますね。
須 パラゴンが開業した1976年当時、「ジャマイカ」や「マリアッチ」のマスター、そしてうちの父の3人で、「どうやったらもっとうまく焙煎できるだろうね」とたびたび集まって勉強会のようなものをしていたそうです。若 胸熱な話だよね。
小 このストーリーで映画が撮れる。

――いちき串木野の人たちのパラゴン愛ってかなり強いですよね。
若 僕らが子供の頃って今のように情報がないから、パラゴンがカルチャーの灯火として暗いところを照らしてくれていた。東京に行ったことのない若者にとって、道しるべのような存在でした。
須 僕は、幼いときほとんど出入りしなかった。子供がちょろちょろしていい店ではなかったから。
若 おとなの店だったよね。今でも僕、なんにも用事がないけれど、様子を見るためだけにパラゴンへ行くことがある。
榎 わかる。私も遠回りしてパラゴンの前をわざわざ通っていく。
若 夏のかき氷のときとか、お客さんが多すぎて心配にもなるんだけど、並んでいる人たちをうとましく思うこともなく、「パラゴンに幸あれ」と思うんです(笑)。

淡々とやり続けながらも
マインドとしては開放的

榎 私は小林さんに出会って、外からの視点で地元を知りました。こんなにおいしい店があったんだって。
若 みんなひっそりやっているんですよ。内向的な雰囲気で。
須 それが好きですね。いかにも「やっています」という感じではなく。――ひっそりやっていても、人々のマインドとしては開放的。来る者拒まず的な懐の深さがありますね。
若 それは仮説があって、いちき串木野って鹿児島市内からも気軽に来れる場所にある。外の人たちが土足でがんがん来るから受け入れるしかない(笑)。第一宿場町の距離感だからこそのメンタリティ。カルチャーへの関心度も高い。須 うちの父も、都会からほどよい距離だからこそジャズへの憧憬がある。ものすごい山の中にいたとしたらこうはならない。
若 都市のカルチャーが感じられるポジションなんですよね。とは言え、飲食店に関して言うと、ポテンシャルが高い分、もうちょっとやったらすごいことになるのにとは思うんです。だから映画『プリティ・ウーマン』のリチャード・ギア的な気分で、いいところを見つけて、自分で磨いていく楽しみがあるんですよね。

座談会の会場は・・・

印染という伝統技法で、船を新造したときに贈る大漁旗を制作。ギャラリーでは大漁旗の展示や、大漁旗をアレンジしたバッグなどの小物類を販売している。工房では見学や染め体験もできる。

亀染屋(亀﨑染工内)

TEL.0996-32-3053 
鹿児島県いちき串木野市旭町156-1
営業時間/11:00 ~ 18:00 
水・木定休

今回の座談会メンバーたち

写真右から、榎木里奈さん、須納瀬勇城さん、若松徹幹さん、小林史和さん

▼『ALUHI』アートディレクター 榎木里奈さん
いちき串木野市出身。東京在住。東京のデザイン事務所を経て、REINA NICO という名でアートディレクター・グラフィックデザイナーとして活動中。いちき串木野市ではフリーマガジン「ALUHI」、「焼酎ツーリズムかごしま」のデザインを担当 
REINA NICO Instagram

▼「JAZZ&自家焙煎珈琲 パラゴン」2代目マスター 須納瀬勇城さん
学生時代から店にアルバイトで入る。20代の1 年間オーストラリアにいた以外はずっといちき串木野で暮らす。日々ジャズの中でコーヒーを淹れ、ケーキを焼く。串木野は海と山がすぐそこにあるところがお気に入り 
パラゴンInstagram

▼「大和桜酒造」代表 若松徹幹さん
江戸時代末に創業した「大和桜酒造」の代表兼杜氏を務める。焼酎王国・鹿児島で最も小さな蔵のひとつながら、国内外に多くのファンを持つ。「重く造って軽く売る」をモットーにニューでクラシックな味わいを求めて、今日も社長自ら芋を洗う
大和桜酒造Instagram

▼『ALUHI』代表 小林史和さん
山梨県甲府市出身。2016年「焼酎が好き」という理由で、地域おこし協力隊としてIターン。移住パンフレットとしてフリーマガジン『ALUHI』を作成。自由度の高いの焼酎蔵巡り「焼酎ツーリズムかごしま」を毎年2月に企画・運営
ALUHIInstagram

PHOTO/MEGUMI SEKI WRITING/KAYA OKADA
※メトロミニッツ2024年3月号より転載 

※記事は2024年2月22日(木)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります