静岡県立美術館

VOL.38_千葉県・一宮町編_ローカリズム~編集長コラム【連載】

更新日:2024/02/20

僕らはずっと同じことをしている。でもそのスタイルは大人になることで、少しずつ変わり、豊かになっていく

静岡県立美術館

ハレイワのような一宮の町で
過ごした冬の週末のこと

 ハワイのオアフ島のノースショアにハレイワという小さな町があります。ワイキキから車で2時間。広大なパイナップル畑の中の道を車で走り抜け、やがて遠く坂の下に白波の立つ海が見えてくると、そこがハレイワタウンの入口です。僕はこの町が大好きです。

 そこは世界有数のサーフポイントであり、各国からサーファーが集まる町として知られています。町と言っても1本のメインストリートを中心に商店といくつかの家やコンドミニアムが並ぶ小さなもので、車で走れば10分とかかりません。滞在するサーファーたちは波が当たらないときは町でコーヒーを飲み、シュリンプボウルをつまみにビールを飲んでのんびりと過ごています。そしてメインストリート脇のビーチにはウミガメが棲んでいます。僕はサーフタウンという言葉を聞くたびに、この町での時間のことを思い出します。湿気のない日差しと木陰を抜ける爽やかな風、ローカルたちの笑顔と分け隔てのないあいさつ。冷えたアメリカの薄い味の瓶ビール。

 初めてサーフィンをしたのは20歳のときでした。僕をサーフィンに連れ出してくれた友達のぼろい車に乗って、僕らは週末になるとまだ暗いうちに外房や九十九里の海に向けて車を走らせました。夜明け前の高速道路は空いていて、朝が来る前にポイントに着いてしまうこともありました。僕らは車で寝て、夜明けとともに海に入り、午前中のうちにそこを後にしました。波崎、飯岡、片貝、太東…、いい波を求めて移動する週末の小さな旅は、20代の僕に知らない世界を見せてくれました。そしてなにより海の上から見る町はほんとうにきれいだったし、それは今までに見たことのない景色でした。
 
 なかでも僕が好きだったのは千葉県の一宮という町で、そこはどことなくハレイワに似ていました。海沿いの道にはサーフショップやカフェが点在し、海から上がったサーファーたちがのんびりとくつろいでいます。

 神奈川に引っ越し、すっかり足が遠のきましたが、先日久しぶりに一宮を訪れる機会がありました。サーフィンの先輩が声をかけてくれて、コンドミニアムに泊めてもらったのです。そこは各地のコンドミニアムを使用できるサブスク型のシェア施設で、昨年11月にオープンした一宮の拠点は、まさにあの頃よく通っていたポイントからすぐの場所にありました。

 僕らはその施設で待ち合わせると、荷ほどきもそこそこにサンダルで海を目指し、そのまま町を歩きました。湘南がワイキキだとしたら、やはり外房はノースショアで、一宮はハレイワです。ローカルのサープショップとコーヒー屋さんやレストランの並ぶメインストリートは、そこまで来ている暖かな春を、そして真夏の太陽を待ちわびるように、静かに店を開けていました。

 鮮魚店でハマグリやエビ、朝揚がったばかりの真イカとタイを刺身にしてもらい(絶品)、スーパーで肉やビールを買い込み、僕らは部屋に戻りました。そして持ってきた日本酒やウイスキー、ワインを(カオス)しこたま飲んで、部屋の音響のいいスピーカーでブルース・スプリングスティーンやあいみょんを聴き(カオス)、ふかふかのベッドで眠りました。

 翌朝、遠くから聞こえるかすかな波の音で目が覚めました。洗面所で顔を洗い、そのまま海まで歩くと、昨日よりは波が良さそうです。僕らはそわそわと部屋に戻り、施設に併設されたベーカリーカフェで焼きたてのトーストとコーヒーの朝ごはんを食べました。それは、ここに住んでいるような気分でした。そしていつも朝早くに来て昼前には後にしていた町に泊まることで、この町に暮らしている自分のことを考えずにはいられませんでした。朝ごはんを食べた後に僕がしたことは二度寝でした。清潔なシーツにくるまってまどろみながら、起きたら今日の午後はなにをしよう。晩ごはんはなにを食べようと考えているうちに、僕はまた眠っていました。

 目が覚めたとき、先輩はいませんでした。どうやら海に出かけたようです。僕はぼんやりと、これはまさに「暮らしを旅する」という新しい旅のスタイルだなと思いながら、また目を閉じたのです。

宿泊した場所/ SANU 2nd Home 一宮 1st

※メトロミニッツ2024年3月号より転載 

※記事は2024年2月20日(火)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります