フランスで300年以上の歴史を持つ名門、ド・モンティーユ家が今秋、北海道函館市にワイナリーを設立。その当主であるエチエンヌ・ド・モンティーユさんに、なぜ日本でのワイン造りを決意したのか?そして日本ワインの可能性をお聞きしました。
新世代の造り手たちとの
運命的な出会い
ワインの世界的銘醸地であるフランスのブルゴーニュ地方。ここで造られる「ドメーヌ・ド・モンティーユ」の偉大なワインは世界中のファン、垂涎の的。そのド・モンティーユ家が日本にワイナリーを設立というニュースには世界中の人々が耳を疑ったに違いありません。現当主のエチエンヌさんはなぜ日本でワインを造るという決断をしたのでしょうか?
「ブルゴーニュでの畑の拡大事業の成果が出て、2012年には自社畑面積が37haになりました。事業が一段落した15年、スキーで訪れたニセコで日本ワインに興味を持ち、日本の金融業界で働く友人に頼んで、北海道や長野のワインのテイスティングをアレンジしてもらったのです。ワインは15種類。それがなんとも衝撃的でした! 正直に言うと当時、日本ワインは眼中にはなかったのですが…まさか日本の新しい世代の造り手たちが少しでも上質なワインを造ろうと奮闘しているなんて…。目から鱗が落ちました」
品種はピノ· ノワール、メルロ、カベルネ· ソーヴィニヨン、シャルドネといった国際品種。世界のトップクラスではないものの、ワインはエチエンヌさんの心をつかみました。
「どちらかと言うと造りはナチュラル。手をかけた丁寧な造りで、テロワールを表現しようとしていると感じると同時に、背景にはフィロソフィーがあるのが伝わってきて、このワインの造り手に会ってみたい!と思わずにはいられませんでした」
半年後、彼は北海道のワイナリー訪問を決めます。造りの現場を見て、造り手たちに直接話を聞きたいと思ったからです。出会った造り手は約10人。ドメーヌ· タカヒコの曽我貴彦さん、農楽蔵の佐々木賢さん、10Rワイナリーのブルース・ガットラヴさんなどでした。
「気候条件も厳しく、その他の条件も決して恵まれてはいない環境で、より高品質なワインを造ろうと、皆、懸命に努力していました。まるでヒーローのように。そんな彼らに魅せられ、同じワイン造りに携わる者として心より尊敬の念を抱きました。なにか私にできることはないか?という問いに1人がこう言ったのです。『銘醸地の造り手が日本でブドウを育てて、ワインを造ってくれたら、私たちはきっと多くを学べます』」
この言葉を反芻するうちに、これが自分がしたいことだ!と日本でのワイン造りを決意しました。
「ブルゴーニュは2000年以上のワイン造りの歴史があります。適地はすべて細かくマッピングされ、なすべきこともほとんどがわかっています。私は監督者でしかない。それより私は探索者になりたい!日本の造り手たちと一緒にプロジェクトを始めて、日本のワイン産業を支援したいと強く思ったのです」
ピノ·ノワールの適地を探す
100年先のワイン造りへ
「私は日本で100年先まで続くワイン造りを考えています。ブルゴーニュ大学の気象学者、ブルゴーニュ在住の地質研究者、そして土壌と農業の研究者をコンサルタントに迎え、ピノ· ノワールに適した候補地探しを開始。気候変動を考慮して、冷涼地を候補に、北海道、長野、青森、そして山形にもよさそうな土地はありました。しかし、北海道のワインの味わいが好きで、北海道の造り手たちと一緒に仕事をしたいという思いが強く、結果的には、北海道で5つの候補地を選択。気象や土壌についてそれぞれ30ページ以上のレポートを参考に、現在、畑を拓いている函館市の桔梗地区に決めました」
日本では、外国人や非農家は農地を取得できないため、同じ函館市のワイナリー、農楽蔵の佐々木さんの協力を得ることに。とうとう19年、初めて2.5haの土地を取得したのです。その後、植樹祭を開いて、同市におけるワイナリー設立のプロジェクトである「ド·モンティーユ&北海道」が本格的にスタートしました。その後も土地の取得を続け、敷地面積はブルゴーニュの自園面積とほぼ同じ37haに。そしてこの秋、ついにワイナリーも完成。自社醸造所での初仕込みが始まります。
「ここに至るまで日本の行政はずっと支援してきてくれました。本当に感謝しています。このプロジェクトは、日本とブルゴーニュの協働事業です。だからワイナリー名の『ド·モンティーユ&北海道』に、“ド・モンティーユ”と“北海道”の両者の名がある。私たちが日本ワイン産業に役立つのなら喜んで貢献したいのです。一方的ではなく互いに技術、知識を出し合って協力することもできるはず。ワイナリーでは若い人のトレーニングも実施したいですし、今後はセミナーも開きます」
日本ワインの課題と未来
唯一無二の日本ワインの個性
「日本ワインの本格的な品質向上は、今、始まったばかりです。日本の地理· 気候条件を考えると大きな産地の形成は難しい。けれど、たとえ極小の畑でも世界中から評価される可能性を十分に持っています。すでに注目を浴び始めていて、これからがチャンスです」
温暖化は、世界中、特にヨーロッパのワイン産地に深刻な影響を与えています。そんな中、冷涼な産地が注目されつつあるのです。
「日本、特に北海道のワインは唯一無二の個性を持っています。冷涼な気候は、ピノ· ノワールに特有のフレッシュさと豊かな酸、そしてエレガントな味わいをもたらしてくれます。もうひとつの強みは日本人の倫理観。品質をとことん追求するというストイックな姿勢を尊敬しています。匠のような造りをすれば、きっと高品質なワインが造れるはずなのです。もちろんこれから先、多くのチャレンジが待っています。最大の問題点は上質な苗が手に入らないこと。またワイン産業を支えるインフラや教育機関はゼロに等しい。高品質な醸造機器の入手も難しいなど、問題は山積みですが、ワインメーカーだけでなく、ワイン造りを取り巻く多くの人たちで経験を共有し、そして大学や研究機関も一緒になって取り組めば課題を解決していけます。私は確信しています。日本人の精神をもってすれば、必ずや素晴らしいワインを造れるようになると。今、とてもワクワクしているのです」
2023年10月、函館にワイナリーが誕生!
そして、今年10月4日、ついに函館市に日本初のフランス資本のワイナリーが誕生!エチエンヌ·ド·モンティーユさんが日本ワインの可能性に開眼してから7年後、新たな大きな一歩を踏み出しました。
畑が拓かれているのは南向き斜面。180度、視界を遮るものはなく、晴れた日には目の前に函館山、遠くには青森までが一望できます。敷地面積は37ha。なんとサッカーコート約52面分の広さ。大半の日本のワイナリーの自社農園が10haにも満たない実情を考えるとこの畑の広大さがわかります。植えられているブドウは本家本元のブルゴーニュと同様、ピノ· ノワールとシャルドネの2品種のみ。この秋、初の本格的な収穫と仕込みとなりました。
最上の条件を揃えて、ブドウ栽培、ワイン醸造に取り組むエチエンヌさん。そのためには投資も惜しみません。例えば、ブドウを植える前に、日本では異例の大規模な工事で水捌けを改善したり、土壌を調整したりしています。
加えて「最高品質のワインを造るには上質な苗を植えることが必須」と、最良区画には、フランスから最上苗を輸入できるまでは植え付けを見合わせるという徹底ぶり。醸造に使う木製発酵槽から小さい分析器に至るまで、フランス製。エチエンヌさんが選び、わざわざフランスから取り寄せました。
道具はフランス製ですが、テクニカル·マネージャーのバティスト·パジェスさんを除き、ジェネラル· マネージャーである矢野映さん率いるスタッフ9人は、すべて日本人。
「栽培は、日本ならではのやり方を見いだしていく必要がありますが、醸造は、ブルゴーニュでのノウハウを活かして仕込みます」と矢野さん。2階建てのワイナリーの前に立つとその広さに驚きます。1フロアの広さは750㎡。半地下部分の1階が醸造施設で、生産量のキャパシティは7万5000本ほど。
2階のショップ、レストラン、テイスティングカウンターは来春オープンの予定。津軽海峡を望みながらワインを楽しむことができるテラス席もできるそう。内装は黒を基調に、外装はアイヌの家にヒントを得て、木を活かしたデザインが印象的。ワイナリーの周辺にほかの作物を育て、生態系も整えていくことも考えています。自社ワイナリー初仕込みのワインが発売されるは25年以降になる見込み。日本に惚れ込んだ、ブルゴーニュの造り手のワイナリーとワインに、国内外の多くの人が期待に胸を膨らませています。
PHOTO/TOMOHIKO TAGAWA WRITING/MIYUKI KATORI
※メトロミニッツ2023年11月号より転載