トラベルライター・田辺千菊さんにとって奄美大島は、まさに「行きつけローカル」。田辺さんいわく、私の中では、沖縄がハワイなら奄美大島はバリ島のイメージで、どこか陰を秘めた神秘的な雰囲気や、圧倒的な自然に惹かれていきました。そしてなにより、島友の高井直人さんを筆頭に心配なほど純粋な人が多く、なにか役に立ちたいという思いもあって27年間通い続けているそう。その背景に流れるストーリーを聞いてみました。
心からゆるむ、島時間に癒しを求めて
大学時代、当時打ち込んでいたウィンドサーフィンの大会に参加するため、初めて訪れた奄美大島。その頃はまだ沖縄にも行ったことがない私にとって、〝アマミオオシマ〟はまったくの未知の島で、どこか外国に行くような、わくわくとドキドキが入り交じる気持ちで向かったのを覚えています。
島友の高井直人さんは、そのときに出会った島人第1号で、大会の運営スタッフとして選手たちを出迎えてくれました。普通ならレース会場には張り詰めた空気が漂うものですが、どこまでも青く美しい海を前に、みんなのんびりムード。楽園のような光景にしばし見入っていると、高井さんがおもむろに近付いてきて、「キミ、運転できる? もうすぐ関西便が到着するから空港まで迎えに行ってほしいんだけど~」とニッコリ。まさかの事態にキョトンとしていると、「島では手が空いている人が動く!」と喝を入れられ、選手であるはずの私が送迎スタッフとして空港へ。そして、対戦するであろうライバルたちを会場まで無事に送り届ける大役を果たし、すったもんだで緊張も吹っ飛んで、レースで好成績を収めるというおとぎ話のような結末に。この一件で、自分の中の小さな常識が壊されたのがすがすがしく、同時に異文化に飛び込むおもしろさを体感したことが、トラベルライターになる原点になったように思います。
この出来事を機に島の文化に興味を持った私は、長期で休みが取れると奄美大島で過ごすことに。通い始めた頃は、高井さんが営む「奄美海族塾」でウィンドサーフィンやダイビングを楽しんで、夜になると島の人たちと「与論献奉(よろんけんぽう)」をするのがお決まりでした。与論献奉とは、高井さんの出身地である与論島の飲み方の流儀で、黒糖焼酎を盃に注いで、口上を述べながら回し飲みをして客人を歓迎するというもの。だいたい1升瓶が空くまで延々と続くのですが、いい点は自己紹介から始まって、盃が回ってくるたび、なにかしら自分のことを話すので、一度飲んだだけで距離がぐっと縮まること。こうして二日酔いと引き換えに、知り合いがどんどん増えて行きました。
その中に、奄美を代表する唄者(うたしゃ)の中村瑞希さんもいて、初めて海辺でシマ唄を聴かせてもらったとき、特別なことのように思えて感動していると、「これが島では日常ですよ」という中村さんの言葉を聞いて、なんて素敵な島なんだろうと、ますます惹かれていきました。東京で生まれ育った私は、どこかで時間に縛られて生きてきたので、大らかで優しい島時間に触れ、“ゆるむ”ことの大切さを痛感。今思えば生きやすくなるためのヒントをもらいました。
奄美大島に拠点を持つようになったのは約20年前。会社を辞めてすぐ、2週間ほどかけて奄美群島をフェリーでホッピングして、最後の1週間を奄美大島で過ごしながら、フリーライターなら住む場所をひとつに絞らなくてもいいのでは? とぼんやり思い、実験的に東京と奄美を行き来する生活を始めました。それからは、仕事と絡めて奄美に来てそのまま居残ったり、遊びにきたいという友人に合わせて滞在したり、年2~5回のペースで毎回1週間から10日ほど滞在しています。オフの日はSUPをしたり、ビーチコーミングをしたり、海でのんびり過ごすことがほとんど。最近は、奄美にもカルチャースポットが増えてきて、本とアートに囲まれた図書館「放浪館」で読書をするのも心安らぐ時間です。
奄美大島は2021年に世界自然遺産に登録されて、世界からも注目を集めるようになりました。昔はもっと多くの人に来てもらいたいと思っていましたが、暮らす視点で見るようになったとき、開発が進まなかったおかげで守られてきたものがたくさんあることを実感。注目されることで、なにかが変わってしまうのではないかと不安に思っていましたが、それは今年5月のこと。友人が海岸の公共トイレに数十万もするカメラを置き忘れるという事件があり、さすがに諦めていたところ、島人とおぼしき方が交番に届けてくださったことがありました。しかも、名前も名乗らず、お礼も不要と言い残して。ずっと島の役に立ちたいと思ってきましたが、結局救われているのはいつも自分。そんな27年分の感謝を込めて、"NABE's LOG(ナベログ)"では大好きな仲間たちを紹介していきます。
今回お話をお伺いした方々
案内役・旅人■田辺千菊(たなべちあき)さん
「食と旅」をテーマに世界中を飛び回るトラベルライター。1年の半分は東京で暮らし、残り半分は2拠点目の奄美大島を中心に、地方を転々とする回遊型の暮らしを実践する。
会いに行った島友■高井直人さん
与論島出身。セルフビルドしたビーチリゾート& マリンレジャー体験施設「奄美海族塾」塾長。海遊びを通じて奄美大島の魅力を伝えると同時に、海洋ボランティア活動も行う。
高井さんが運営する「奄美海族塾」
奄美空港から車で15分の場所にあるオンザビーチの施設。シュノーケルやSUP、ダイビングをはじめ、ビーチバーベキュー3300円~もできます。海遊びコース3 時間8800円
PHOTO/MICHI MURAKAMI WRITING/CHIAKI TANABE
※メトロミニッツ2023年10月号より転載