郷に入っては郷に従う。そんな言葉を胸に今回は沖縄県にある、最果ての島・与那国島へ。ほしいもの、必要なものは自分で作る。それを当たり前のことのように教えてくれるのが、ここ与那国島です。暮らしの手仕事の中に、島の日常が見えてきました。
與那覇さんのクバ畑。敷地内はクバが うっそうと生い茂り、まるでジャングルのよう
日本最西端。国境の孤島、与那国。八重山諸島の中でも特段離れた場所にあり、島の大半が断崖絶壁で囲まれているがゆえに独自の歴史を歩み続けてきました。晴れれば強烈な日差し、ときに激しく変わる天気。こぼれ落ちそうな満天の星。多くの伝説が残る島のあちらこちらに、当たり前のように自由に暮らす動物たち。旅人にとって、これほど非日常の光景はそうないかもしれません。でもそこからもう一歩、島に入り込んだときにふと気づくのです。自然の恵みを活かし、動植物と共棲するこの島に日常の原点が息づいているということに。さあ、素朴で美しい島の暮らしを体験しに出かけましょう
身近な自然を素材になんでも作ってしまう 島の手仕事と暮らし
島の恵みから作り出される
美しい生活の道具
小さい頃に遊んだ葉っぱの舟や草編み玩具。もっと速く、もっと上手に……。道端の植物で遊び道具を一生懸命作ったように、使い勝手がよく、風土に合った暮らしの道具は、身近な植物から生まれ、生活の中で磨かれてきました。
「よなは民具」の與那覇桂子(よなはけいこ)さんは、結婚を機に沖縄本島から夫である有羽さんの故郷、与那国島に移り住みました。現在、3児の母。ご夫婦は7年前から生業としてこの島で民具作りをしています。
「もともと民具は、誰しもが必要に応じて作っていた生活の道具でした。道具は『買う』時代となった今、すっかり存在感が薄れてしまった民具ですが、この技術や先人の知恵を残していかなくてはいけないという思いが、以前から夫にはあった」と、桂子さんは語ります。かつて祖母や地域の人々が作っていたやり方を自然と覚えていたそうで、受け継がれてきた古典を基本に現代の暮らしに合った生活の道具を作り続けています。
材料はヤシ科の常緑高木、ビロウの葉。沖縄の方言で「クバ」と言います。この葉の最大の特徴は、大きく指を開いたようにつながった形状。
与那国島を代表する民具「ウブル」の機能性に、その特徴がよく表われています。直径1~2mあるクバの葉を1枚、布のように見立て、葉脈の反発力を利用して作るウブルは、もともとは水道がなかった時代に井戸から水を汲み上げるのに欠かせないバケツのような道具でした。それを簡易化してお墓で香炉代わりに用いたり、小物入れにしたりと、使い方も時代とともに変化しています。
「クバの葉は、表面に油分があって腐りにくいため、家の壁や屋根の材料としても使われていました。山でお湯がほしいときは何枚か採って重ね、水を入れて下から火にかけて沸かしたそうです。抗菌作用があるので今も島の人はお餅やおにぎりを包むのに利用しています」と、桂子さん。
山のふもとにあるクバ畑は、有羽さんの御祖父様が30年前に始めたもので、もともとの目的は食べるためだったとか。「与那国島ではクバの幹の先端部分を採取して、茹でてアクを抜いた後に炒めて食べます。ほんのり甘みがあって、タケノコのような食感です。主に祭事の料理で使いますが、おじいちゃんはクバが好きだったので普段からたくさん食べられるようにと畑にしたそうです」
八重山諸島の中でクバを民具の主材料としているのは与那国島だけ。その理由を「他島と違い、断崖絶壁に囲まれていてハブがいない。それでクバの密集地に人が入り込むことができた」からだと教えてくれました。密集地の木陰の下で育った葉はやわらかくて加工しやすいそうです。
桂子さんの日常は、早朝、面倒を見ている与那国馬8頭の世話から始まります。牧草地で餌となる草を刈り、馬舎で与え、子供たちを学校へ送り出します。その後、畑で必要な分のクバを収穫し、民具の制作や、予約が入れば民具作りや乗馬の体験を実施。夕方、子供を迎えに行ってまた馬に餌をやり、自分たちの夕食を作る。「日々の食事は、島にあるものを工夫して食べるのが基本。子供たちが釣った魚を刺身や煮付けにしてよく食べますね」
琉球舞踊の師範でもある桂子さんは家で島の子供たちに教えることもあるそう。人、動植物、民具、食、踊り、唄。島の生活を訪ねると、こうした全てのことが密接につながり合い、互いに支え合って暮らしているのだということに気づかされます。
ABOUT 与那国
沖縄県・八重山諸島に属する日本最西端の島。東京から1900km、隣接する台湾とは111㎞の距離。亜熱帯性気候で平均気温は24℃(*)。面積29㎢(渋谷区の約2倍)の島に約1700人が暮らす。
*与那国「平年値」(気象庁)より
ACCESS
飛行機の場合、那覇空港から1日2便・約90 分、南ぬ島石垣空港から1日3 便・約30 分。フェリーでは石垣島離島ターミナルから週2便・約4時間
PHOTO/MICHI MURAKAMI TEXT/TAEKO HAYASAKA
※メトロミニッツ2023年4月号特集「郷に入る旅」より転載