別府温泉、鉄輪温泉など「別府八湯」と呼ばれる温泉が市内全域にある大分県の別府では、国内外から迎える観光客だけでなく、この土地で暮らす人々の日常だって温泉とともにある。源泉数、湧出量とも日本一を誇る別府で過ごす日常ってどういうものだろう。別府のシンボル、扇山のふもとで民泊施設を営む温泉ラバー、豊島桐子さんの案内でそんな日常にお邪魔しました。
写真/関めぐみ 文/岡田カーヤ
湯けむりたなびく鉄輪エリ アとその後ろにそびえる鶴 見岳と扇山。2 月下旬、訪 れる前の晩に積雪した
温泉コミュニティにお邪魔して、
熱さと感謝でびりびりとしびれる日常に浸かる
別府の温泉では浴槽の縁に腰掛けてはいけないなんて、今回の案内人である桐子さんに教えてもらうまで知らなかった。地元の人が通う温泉に行くと、浴場での禁止事項のひとつとして書かれている。別府の湯は熱いところが多いから、つい腰掛けてしまいたくなるけど、観察すると誰もやっていない。
「この習慣は別府独自のもので、隣の大分市にもないことから『別府ルール』とも呼ばれているんです」と言う桐子さんからその理由を聞いて納得した。「みなさん湯船に背中を預けてくつろぎますよね。そのとき縁に頭をのせる方が多いので……」。なるほど、浴槽の縁は頭のための場所。確かに、そんなところにお尻は乗せられない。
別府の人はおせっかいで温かい。見知らぬ旅人にも、挨拶をするのは当たり前、湯上がりには「おかん、よかったかえ?(お湯加減いかがでしたか?)」と、満面の笑みで話しかけてくれる。たとえ一度きりの出会いだとしても、分け隔てない裸の付き合い、その距離感が心地よい。
別府の温泉は、組合と呼ばれる住民組織で運営されているもの、市営や私設のものなどが入り乱れて街のあちこちにある。その数は正確には把握されていないが「別府八湯温泉道」というスタンプラリーには約150の施設が参加。八十八湯を巡ると「名人」認定されるこのスタンプラリーを利用して、温泉通いをする地元の人も多いという。桐子さんもそのひとり。「冬は暖を採るため、夏は汗を流すため、日に2〜3回入ることも多いです。別府の湯は泉質のバリエーションが豊富だし、たとえ同じ泉質でも少しずつ違うんです」
そんな温泉のかたわらには必ずと言っていいほど祠があり、お薬師さんやお地蔵さんが鎮座している。でも、どうして温泉に祠があるのか。
弓ヶ浜町にある弓ヶ浜温泉でのこと。建物から出てきた風呂上がりの女性が祠の前で歩みを止め、お薬師さんに手を合わせて去って行った。一瞬のできごとだったけれども、その一連の動作は無駄がなくてかっこいい。毎日繰り返しているのだろう。「私はこの温泉に感謝しかないの」。
そう言って、弓ヶ浜温泉の近くに住む日置和子さんは、庭から切ってきた椿を浴場の花瓶に活けていた。数十年前に腰を患って入院した後、弓ヶ浜温泉に通って完治させたという日置さんは、それ以降、感謝の気持ちを表すために、浴場や脱衣所などを花や草木で飾っているのだという。そうか、別府の日常は、感謝とともにあるのかもしれない。別府でも五指に入る熱さと言われる弓ヶ浜温泉の湯に浸かると、びりびりしびれるほど気持ちよくて感謝の気持ちが湧いてきた。そして、祠を見かけると自然と手を合わせるようになった。
地元の人が通う街中の温泉には公民館が併設されているところが多い。明治時代からある紙屋温泉もそのひとつ。入口にはベンチが置かれ、湯上がりにひと休みしながらおしゃべりするのが日常の光景らしい。
「夏になるとここに七輪を出して、めざしを焼いて、1杯飲んだりもするんです」と教えてくれたのは紙屋温泉に入り続けて80年、組合長の都留康さん。飲湯もできるこの湯には、ご近所の組合員だけでなく、遠くからやってくる人も多いという。「なんてったって湯がいいからねぇ」。別府で何度この言葉を聞いたことだろう。みんな自分の温泉を愛してやまない。そんな素晴しい温泉に入れることに感謝しながら、今日もまた湯に浸り、びりびりとしびれよう。
ONSEN LIST
■弓ヶ浜温泉
湯はやや茶色がかった炭酸水素塩泉。源泉は54度ほどあり、別府の中でもかなり熱い。
TEL.なし 大分県別府市弓ヶ浜町4-33 営業時間/6:30~ 10:00 15:00 ~ 24:00 第2・第4水定休 入湯料/200円
■照湯温泉
単純温泉だが硫黄が香り、日によっては湯の花も浮く。組合のお母さんたちが交代制で番台を担当。
TEL.0977-51-4272 大分県別府市小倉1430 営業時間/9:00 ~ 21:00 無休 入湯料/300円
■紙屋温泉
敷地内には炭酸水素塩泉、塩化物泉の源泉が2つ。飲湯ができ、持ち帰って炊飯やお茶を淹れる際に利用する人も。
TEL.なし 大分県別府市千代町8-2 営業時間/13:00 ~22:00 無休 入湯料/300円
案内人: 豊島桐子さん
別府生まれ、別府育ちの温泉ラバー。扇山のふもとで民泊施設「えかきの家」を営む。来訪者に地元の温泉を案内することが喜び。最近のお気に入りは、扇山ハイクからの明礬温泉(みょうばんおんせん)コース。
えかきの家
TEL.090-5287-8958
大分県別府市竹の内6-1-2
宿泊料金/1泊1名5000円(素泊まり)
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PHOTO/MEGUMI SEKI TEXT/KAYA OKADA
※メトロミニッツ2023年4月号特集「郷に入る旅」より転載