天使や幻獣に彩られた異世界を描く人気画家、網代幸介さんが作家の宮田珠己さんとともに巡る日光東照宮の旅(後編)。日光東照宮の造営時から続く伝統工芸「日光彫」に挑戦したり、中禅寺湖のほとりで徳川家康ゆかりのランチを満喫したり、不思議の国の日光トリップへ!
不思議絵巻とともに日光東照宮へ
妄想とアートの間を楽しむトリップ
いつまでも見ていられたが、ここからは現場と照らし合わせながら見ていこう。
日光に着いたわれわれは昼食の後、さっそく日光東照宮へ向かった。
網代さん思い出の聖地は、金色に輝きながらわれわれを待っていた。網代さんはさっそく絵巻を広げ、自分の記憶と実際の日光東照宮を見比べていく。
表門(おもてもん)はさっそく違っていた。絵には現物にはない富士山が描かれているし、門の下には怪物が立っているが、実際にそんなものはない。それでも日光っぽさが感じられるのはなぜだろう。
五重塔もさっぱり似ていない。網代さんは、塔の内部にはたくさんひょうたんがぶら下がり、ひょうたん菩薩(ぼさつ)みたいな仏像があったと主張した。現在も初層のみ見学できるそうだが、それに気づけず入りそびれた。でもひょうたん菩薩など聞いたことがないので、きっと網代さんの記憶違いだろう。
網代さんによれば、隣にいて頭巾を被っているのは侍で、ひょうたん菩薩に懺悔(ざんげ)を聞いてもらっているところだそうだ。そんな教会みたいなシステムなの?
有名な三猿は、「見ざる言わざる聞かざる」ではなく、「見せザル言わさザル聞かさザル」になっていた。
そして陽明門である。
私も2、3度来たことがあるので、たくさんの彫刻で埋め尽くされていることは知っていたが、あらためて見ると、そこらじゅうが金色に輝いていて、こんなにも絢爛豪華だったかと印象を新たにした。
網代さんも
「陽明門、細部がよく思い出せなくて、人形もこんなにあったとは思ってませんでした。思った以上に細かいですね。密度がすごい」
と彫刻の緻密さにあらためて舌を巻いている。
いくつもある彫刻のなかで、私は魚の背に乗る仙人のような像が気に入ったが、網代さんはミミズクの姿を見つけ、かわいいと絶賛していた。そんなふうにひとつひとつ丁寧に見ていくと、何時間でも見ていられそうだ。
網代さんの描いた陽明門には、中央に鬼のような角(つの)のある人物と右のほうに炎のようなものが描かれている。
「これは火を祀(まつ)っているんです」
網代さんはまたも勝手な設定を追加していた。他にも網代設定は多く、境内図のてっぺんに赤い三角形があるのは、そこから家光が生まれた岩、東照宮のすぐ隣に描かれた中禅寺湖には謎の怪物チュッシーが棲(す)んでいるなど、妄想が膨らみまくっている。
ただ巻物全体を通してみると、かなり実際の日光東照宮のイメージが反映されていることがわかる。たとえば陽明門のそばに燭台(しょくだい)のある梵鐘(ぼんしょう)が描かれているが、実際、燭台と梵鐘が並んで置かれていたり、三角形の中に象が描かれた絵などは、上神庫(かみじんこ)の象を表してるように見える。そもそも著名なスポットがひと通り揃っていること自体、相当な記憶力である。よほど印象に残ったのだろう。
「こういう空間をつくるのが夢なんです」
と網代さんは語る。日光東照宮を見て以来、自分の手で自分だけの世界をつくりあげたいと思うようになったそう。具体的には、誰にも迷惑のかけない山奥などで、建物の内部を自分の壁画と彫刻でびっしり埋め尽くした建物をつくりたいという。ぜひ実現してほしいものだ。
最後は眠り猫である。当てにいったと本人がいうその絵は、猫の左右が逆だし、猫のまわりを飛んでいるスズメが現物では欄間(らんま)の裏側に彫られていたりしたが、概要は合っている。いろんな妄想が散りばめられつつも、全体としてはちゃんと日光東照宮しているのであった。
日光東照宮
世界文化遺産「日光の社寺」の構成要素である日光東照宮。家康公の霊廟として1617(元和3)年に創建、現在の豪奢な社殿群の多くは3代将軍家光公による「寛永の大造替」で造営された
TEL/0288-54-0560
住所/栃木県日光市山内2301
拝観時間/9:00 ~ 16:00(4月~10月は ~17:00、入場は閉門30分前まで)、無休
拝観料/1300円
日光東照宮の匠の手技が息づく
伝統工芸「日光彫」に挑戦
ところで網代さんは彫刻もやるんですかと尋ねると、額縁を彫ったぐらいだそうなので、ここは練習を兼ねて日光彫を体験すべく、工房を訪ねてみることにした。
訪ねたのは、平野秀子(ひらのひでこ)さん、央子(ちかこ)さん親子が営む「平野工芸」。
日光彫は、東照宮造営のために全国から集められた彫刻師たちが始めたもので、秀子さんによれば、一般的な彫刻刀のほかにひっかき刀を使うのが特徴だそう。ひっかき刀は手前に引きながら彫る刀で柔らかな曲線を彫るのに適している。
彫るモチーフは、網代さんは日光東照宮にちなんで三猿(網代風、見せザル言わさザル聞かさザル)。私は個人的な趣味でエイにした。桂の丸いお盆に下絵を描いて彫っていく。
網代さんは彫刻のように絵全体を浮き立たせたいらしく、最初からグイグイ彫り進めている。しかも三猿は絵柄が込み入っているので、難易度が高そうだ。私は難易度の低いエイだが、うっかり尻尾の細いところを削ってしまったりして、思うようにはいかない。それでも秀子さんに丁寧に教えてもらいながら彫っているうちに、だんだん楽しくなってきた。
「栃木県というぐらいだから、昔は栃の木がいっぱいあったんですが、今ではそれもなくなり、今は北海道の桂なんかを使っています。日光彫ができる職人もほとんどいなくなりました」と秀子さん。
伝統が廃れてしまわないよう、網代さんにはぜひがんばって日光彫でアジロワールドをつくってほしい。
彫刻を巡る今回の旅、果たして旅をしたのは日光だったのか網代さんの頭の中だったのか。いずれにしても不思議な遊覧体験だったのである。
平野工芸
日光彫体験はザ・リッツ・カールトン日光宿泊者のアクティビティとして開催(要予約、2 時間10000 円/人)
問い合わせ/ザ・リッツ・カールトン日光(TEL/0288-25-6666)
【旅のひとコマ】
旅の昼食は、中禅寺湖のほとりにあるホテルのダイニングレストラン『日本料理 by ザ・リッツ・カールトン日光』で。栃木の工芸を随所に取り入れた室内で、ひときわ目を引く朱色の壁装飾は、平野秀子さんが手がけた日光彫の大作!
【旅のひとコマ】
日光御膳(5800 円、税サ込)は、長命だった徳川家康が好んだ健康食にインスパイアされたランチメニュー。栃木の旬の食材を使った天ぷらや麦飯、安倍川餅などが木箱に美しく収められている。赤だしと茶碗蒸し付き
網代幸介さん(左)と宮田珠己さん(右)
あじろこうすけ 1980 年生まれ。30 歳を機に絵を描き始め、国内外で個展を開催。『てがみがきたな きしししし』(ミシマ社)など絵本も発表
みやたたまき 1964 年生まれ。旅エッセイを中心に執筆。右は、自身初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』(大福書林)の表紙
不思議絵巻のショートフィルムを公開中
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網代幸介さんが記憶の中の日光東照宮をもとに描き下ろした『裏日光』絵巻。妖しくかわいい絵巻がくるくる開くストップモーション・アニメのショートフィルムを公開しています。メトロミニッツの公式Instagramのリール投稿をチェックしてみてください!
Photo/TAKANORI SASAKI Text/TAMAKI MIYATA
※メトロミニッツ2023年3月号特集「わたしが旅に出る理由」より転載