幸福が生きる里「福生里(ふくおり)」。そんな名を持つ地で待っているのは、まさに至福の体験! 山梨の注目ワイナリーが手がける宿で、おいしいワインとビールと料理、そして心からのおもてなしを味わう唯一無二の時間を楽しんで。
持ち物は、空っぽの胃袋と好奇心。
お酒と食を巡る特別な宿泊体験
どうです、この景色。まるでポストカードみたいでしょう? ここは日本屈指のワイン生産地·甲府盆地を見下ろす、山梨県甲州市福生里地区。
昨年10月にオープンしたオーベルジュ「STAY366」のテラスから眺める、朝の富士山です。「STAY366」と言えば、情報通のお酒好きの間で早くも話題を集め1軒。
長く日本ワイン界を牽引してきた屈指の醸造家·平山繁之さん率いる「98WINEs」が手がけ、敷地内にはブルワリー「98BEERs」も併設。ワインとビールの双方をたっぷり堪能できる、夢のような宿なのです。
でもここを訪れるべき理由は、単にお酒と景色を楽しむだけにあらず。なによりの醍醐味は、この地にワインとして芽吹いた平山さんの想いが、ビールと宿という枝葉を広げ、新たな食文化の根を張る過程を体感できること。
言うなれば、ここでのステイは、土地に息づく文脈を味わう、ちょっと贅沢でとびきり楽しい大人のためのフィールドワーク! 帰る頃には次の訪問の予定を組みたくなるほど、福生里が特別な場所になっているはずです。
さて、出発前に、まずはちゃんとお腹を空かせて。そして自分の好奇心を準備万端にして臨みましょう。お酒の産地、それも造り手のすぐ側で、その世界観にどっぷり浸れる2日間の始まりです。
ブドウ畑に囲まれた「98WINEs」から歩くこと10分少々、森の中に見えてくるのが「STAY366」。近付くにつれ、全面ガラス窓の大空間に醸造タンクが並ぶ様子が見てとれます。
そう、ここは“ブルワリー併設”ならぬ、“ブルワリーそのものに泊まれる”宿。チェックイン後は、客室の窓ごしにブルワリー内部の様子を覗いたり、4種の自家製ビールを好きなだけおかわりできたりと、ビール三昧のひとときが。
ほろ酔い気分になったところで始まるのが、贅沢にも一品ごとに「98WINEs」とのペアリングが提案される蕎麦懐石の夕食です。惜しみなく注がれるワインの中には、「98」ファンなら歓喜すること間違いなしの、貴重なバックヴィンテージや限定生産ワインも! お酒好きにとってはまさに、天国のような場所なのです。
「ワインは人が造るものではなく、場所が造るもの」。そんな理念から、古くからこの地域で栽培されてきた甲州とマスカット· ベーリーAのみを使ってワインを醸造してきた平山さん。ブドウが発酵· 熟成する環境を徹底して整える方法で驚くほど豊かな味わいを引き出し、確固たる評価を築いてきました。
そんな平山さんが宿を手がけることになったきっかけは、愛犬の散歩中、長く使われていなかった元保養所の建物を見つけたこと。目を引いたのが、醸造用タンクが難なく収まる、かつて食堂だった吹き抜けのスペースでした。
ワインが“場所が造る酒”なら、ビールはあれこれと人が手をかけて生み出す“技術の酒”。この建物との出会いが引き金になり、ワインと正反対の性
格を持つビール製造への興味が湧き出た平山さん。
「一緒に宿もやれば、東京から福生里に人が来てくれる。ここを都会と地方、人と人を結ぶ交流の場にしたいと思ったんです」。構想から2年、大がかりなリノベーションを施し、細部までこだわり抜いた1軒が完成しました。
「STAY366」を支えるのが、“チーム98”の存在。タップルームでビールを注いでくれるのが、ブルワーの宮嵜尚文さんです。地元の超軟水で仕込み、シャンパンのように瓶内で二次発酵させるビールは、丸みのある味わいと細かな泡が特徴。いくら飲んでも不思議とお腹が膨れません。
お酒とのペアリングでおいしさが倍増する料理を手がけるのは、修善寺や銀座の有名蕎麦店で腕を振るってきた料理人· 角谷康洋さん。旬の食材と極細の繊細な蕎麦を織り交ぜ、和洋のジャンルをまたぐ、驚きに満ちた品々を生み出します。
お酒や料理の説明を始め、宿中にちりばめられたこだわりの意匠を解説してくれるのが、平山さんのビジネスパートナー· 吉留明子さんを始めとするサービススタッフ。そして当の本人· 平山さんも、自らテラスの焚火台に火を入れたり、グラス片手に会話に参加したりとおもてなし。
一見ラグジュアリーなオーベルジュながら心からくつろげる雰囲気は、“チーム98”のなせる業。平山さん曰く、「うちは高級宿じゃなく民宿」。造り手と直接交流できる貴重な機会も、ここでは普通のこと。「365日の日常の先の特別な1日」をイメージしたという施設名通りの体験が待っています。
ほんの5年前まで登山客が通過していくだけだった地域に、今や期待に胸ふくらませた多くのゲストが訪れるように。土地に寄り添うワイン造りから始まった平山さんの夢は、着々と実を結んでいます。
「STAY366」がこの地の文化の牽引役となり、また新たな交流と産業が生まれていく…そんな未来は、もうすぐそこ。注目エリアの現在地を感じるため、今行っておくべき宿なのです。
STAY366
TEL.0553-32-6603
住所/山梨県甲州市塩山福生里(詳細は予約時に連絡)
1泊2食付き45000円~、12 月~ 3 月の冬季期間中はJR 塩山駅からの送迎とワイナリーツアー付き
WINERY/98WINEs
里山の気候風土がはぐくむ
クリーンで心地よいワイン
芳しい香りを放ちながらするりと喉に落ち、じんわり身体に染みていく…そんな味わいが「98WINEs」のワインの真骨頂。「特別なことはしていません」と語る平山さんですが、収穫時に腐敗した粒が1粒でもあるブドウは房ごと除去するなど、徹底した品質管理を欠かしません。
使うブドウは、自社畑と周辺の契約農家で採れた甲州とマスカット· ベーリーA だけ。日本では欧米品種の使用やドメーヌ化の流れもある中、「土地の気候風土に根ざしてきたものを否定すれば、食文化は廃れてしまう」と考える平山さんにとっては普通のこと。
野生酵母のみで発酵させ、亜硫酸無添加、発酵を人為的にコントロールするための補糖も行わないなど、ブドウのポテンシャルを活かしたワイン造りを続けてきました。
「“ 自然派ワイン” という言葉が広まったのは失敗だと思います。日本だと香味の追求より、ライフスタイルの話になってしまうから」。業界にそう異を唱える孤高の醸造家でありながら、愛情深くて人を楽しませるのが大好き。
熟成に耐えうる芯の強さと穏やかさが同居するワインに、平山さんの人柄が重なるよう。日本のワイン文化の行く先を照らし導く、灯台のようなワイナリーです。
98WINEs
TEL/0553-32-8098
住所/山梨県甲州市塩山福生里250-1
営業時間/9:00~17:00
営業日/土・日・祝のみ営業(平日は要事前予約)
有料見学可(事前に要問合せ)
BREWERY/98BEERs
ゆっくりじっくり味わえる
“ローカルビール”を届けたい
ワイナリーが始めたブルワリー、「98BEERs」。造るビールもワイン同様、食事と合わせてゆっくり楽しめることが前提です。泡はあくまで繊細で食欲の邪魔
をせず、しっかりしたボディ感が料理と相性よし。流行りのファンキーなアメリカンスタイルとは一線を画す、洗練されたビールを揃えます。
「セゾン」、「ベルジャンビター」、「レッドエール」の定番3種のほか、地元産のフルーツを使った少量仕込みのエールなど、タップルームでしか飲めない限定ビールも。
そのすべてを手がけるのが、人気ブルワリー「ファーイーストブルーイング」で経験を積み、ブルワー歴7年目を迎える宮嵜さん。
「うちのビールは“ クラフトビール” というより“ ローカルビール”。地元の水を水質調整せずに使い、副原料のフルーツは近所の畑へ自分で収穫に行っています」。目下の夢は、地域への想いが詰まったオール甲州市産ビール。近隣農家が栽培する大麦と小麦に加え、良質なホップを手に入れるべく、現在自ら試験栽培中。
数年後の実現を目指しているそう。「ここはすごく幸せな環境。お客さんと直接話し、目が届く範囲でビールを届けられるから」と宮嵜さん。富士山が見守る新天地で、今日も腕を振るいます。
98BEERs
TEL.0553-32-6598
住所/山梨県甲州市塩山福生里STAY366内
営業時間/10:00 ~ 16:00
営業日/土・日・祝のみ営業
※道が分かりづらいため、アクセスは、Instagram @98beersを参照
PHOTO/SAORI KOJIMA Text/RIE KARASAWA
※メトロミニッツ2023年2月号特集「SAKE STAY」より転載