山梨県 笛吹市

高知県 土佐市編_ローカリズム~編集長コラム【連載】

更新日:2022/12/20

町の日常を旅する いちばん好きなのは 港町を歩くこと

ノスタルジックと郷愁・・・ 高知県土佐市、宇佐を歩く

 全国の知らない町を訪ねる暮らしのなかで、言葉は難しいですが僕は「観光」という価値観から離れた場所に、興味が移っていったように思います。

 観光は「光」を「観る」と書きますが、どちらかというと僕はその光よりも、その土地の「光に隠れた影や、そこに吹く風のようなもの」により惹かれるようになりました。かんたんに言えば、その町の「日常を旅する」ことのおもしろさに、腹落ちした喜びを見出せるようになったのだと思います。

 埼玉県で生まれ、群馬県の山の中で青春時代を過ごした僕にとって、たぶん海というのはずっと憧れの場所で、僕は海が日常にある町に惹かれます。

 僕が高知県のことを好きになった理由のひとつに「食」の豊かさがあります。そしてその食の多くは黒潮の海流からもたらされる海からの恵みです。カツオはよく知られていますが、高知の港町ではその町でしか食べないような魚があり、食文化があります。全国的にも港町は特にそれが色濃く、独自の文化があるものです。

 そして港町というのは、どこもノスタルジック。その地場でとれた魚と一緒に、その土地の日本酒で酔って夜が更けていくなんとも形容しがたい多幸感は、生きていくことに意味のひとつにさえできると思います。

 久礼、室戸、須崎、甲浦…高知には全国に誇る港町があります。中でも僕が最近訪れて好きだなあと思ったのが、高知県土佐市の宇佐という港町です。観光的な目線でこの町をみると、物足りないと感じる人もいると思います。でも港町を歩くという日常的な目線でみると、この町の「港町の暮らしの匂い」はなんともいえない魅力がありました。港町っぽい港町とでも言いましょうか…。海を見て、路地を歩き、目についた店に入る。店を出てまた路地を歩き、遠く、いまこの場所にいない人のことを考える。

 この町で食べていちばん美味しかったのは「うるめいわし」のお刺身。うるめはほぼ網漁がメインの魚なので、漁獲時には魚同士が擦れて傷がつき、干物で食べることが多いのですが、ここではこの魚を一本釣りで捕ります。そして港に上がったばかりの魚が、そこから道を挟んだ居酒屋や食堂でテーブルに並ぶのです。それを土佐市の地酒「亀泉」でいただく夜は、至福以外の単語が見つかりづらいものでした。店を出て、酔い醒ましに港まで歩くと、もう翌朝の漁の準備なのか、漁師さんが暗闇の中でなにやら作業しているのが見えました。夜の海を写真に撮ろうと思いましたが、なぜだか僕はそれをやめて、また町灯りの方に向けて歩き出しました。港町の夜は真っ暗で、ぽつぽつと灯る町の明りのほうから、誰かの笑い声が聞こえてきました。繰り返す港町の日常の中に、気づけば僕は紛れ込んでいたのです。

Illustration/YOSHIE KAKIMOTO
※メトロミニッツ2023年1月号より転載 

※記事は2022年12月20日(火)時点の情報です。内容については、予告なく変更になる可能性があります