福岡より車で約1時間、北部九州の交通の要所にして、九州のへそ的存在。それが大分県日田市。町を歩くと、かつて天領だった面影を残す建物や蔵、三隈川とともに、ローカルフードが迎えてくれる。その土地の水を飲んで、景色を眺め、空気を吸って、土地の人の日常食を食べて過ごす日田滞在を紀行文でお届け
文・岡田カーヤ 写真/関めぐみ
日田を流れる三隈川と
寄り添うように暮らす
土地の人が愛するローカルフードをソウルフードと言うのであれば、日ひ田たの人々の生活とともにある三隈川は、間違いなくソウルリバーと言えるだろう。日田の町、日田の人々と三隈川の距離感は、物理的にも心理的にも至近距離にあり、町の人に寄り添うように存在している。
九州のへそと呼ばれる日田は、北部九州の交通の要所。江戸時代は幕府直轄の城下町「天領」として、明治に入ると日田杉の産地として栄えてきた。その結果、各地から人がやってきて、さまざまな場所の文化が集まっている。もちろん人の集まるところには、おいしいものもたくさんある。ぶらりと歩くと、どこからともなく杉のいい香りも漂ってくる。川沿いの隈くま町まちや線路向こうの豆まめ田だ町まちには、立派な蔵を構えた大きなお屋敷が並んでいる。
なんと言っても人がいい。たくさんの人を迎え慣れてきたということもあるけれど、日の光を受けて表情を変える三隈川の流れを朝に夕に眺めていたら、あくせくなんてしていられないのかもしれない。そんな場所で、日常を食べて、暮らす。最高じゃないか。
地元の人を笑顔にする、みんな大好きローカル食堂
誰もが愛する大衆食堂は
人柄が滲み出る味だった
日田で暮らすすべての人に愛されていると言ってもいいんじゃないだろうか。創業は90年以上前。日田の駅前にある大衆食堂「寳屋(たからや)」について話し始めるとみんながいい顔になる。「うちのばあさんが神社に行く時には必ず寄っとったんよ」「週末の家族の食事と言えばここやね」といったような思い出が、誰にだってひとつやふたつある。かつては近くに木材市場があり、日田杉を貨車へ積み終えた後の人たちでにぎわっていた時代があったとも聞く。
もちろん今も大人気。お昼には同僚や友達同士、学校帰りの時間には学生たちが、週末には家族が集う。1人でだって居心地がいい。町の人にも観光客にも開かれている食堂なのだ。
メニューの多さにも目を見張る。鮎寿し、高菜巻きなどの郷土料理から、からあげ、ハンバーグ、オムライス、海老チリまで、100種類以上あるという。こんなにあったら迷ってしかたない。悩ましく思いながら、平日の昼間、のれんをくぐって驚いた。その場にいる9割近くの人がチャンポンを食べていたのだ。
「これでも品数を減らしたんですけどね。2代目である父親がメニューを増やすのが好きだったんです」と言って笑うのは3代目店主の佐々木美徳さん。バスセンター併設のうどん屋として創業したこの店は、戦後になって、チャンポンを始めた。「長崎から来た人に祖父が聞いたらしいのですが、おそらく白湯スープを知らなかったんでしょうね。うどんのだしで作ったようです」
寳屋のチャンポンが愛される理由のひとつは、そんな親しみやすいスープだからこそ。さらには厨房ではオーダーごとに山盛りの野菜をはじめとした具材が、かなりの火力で勢いよく炒められている。佐々木さんは中華料理出身で、彼が厨房に立つようになって火力を強くした。その結果、野菜の甘みやうまみがスープへと染みわたる。
そして盛りの多さも特徴的。小、並、大と3サイズあり、それぞれに炒めた野菜がうずたかく盛られている。昼ごはんにやってきた20代男性に「並でお腹いっぱい。休日は大を食べたい」と言わせるほどのボリュームがある。そんなをコメント聞いてしまったがために、実食を前に弱気になってしまったのがいけなかった。小を頼んだら大失敗。いりこだしの中に野菜のうまみが凝縮したスープは優しさしか感じられず、あっという間に完食。並でも余裕で食べられた。もっと食べたかったのにと悔しがっいると、「年配の人ほど大を食べ、若い人は小を頼む傾向にあるんです」とお客さんに教えてもらった。
日田のソウルフードと言えば、日田やきそばも忘れてはいけない。主にラーメン店が作っている焼きそばは、見た目こそ普通だけど、食感が独特なのだと言う。昭和45年創業「みくま飯店」へと足を運んだ。
「日田のラーメン店には鉄板があるんです」と教えてくれた店主の吉田明彦さん。まずは、使い込んで中央がくぼんだ鉄板にラードを流す。豚肉を炒めた後は、麺の両面をじっくりと焼く。いや、焼くというより揚げて蒸すかのよう。ここまでは三隈川の流れのようにゆったりしていたのだけれど、麺の倍量のモヤシとニラを投入したあとは一気呵成。ものすごいスピードで野菜を炒め、ソースをかけて混ぜ合わせ、あっという間に完成した。
できあがった焼きそばは、パリッとクリスピーでむちっとした弾力がある。それでいてモヤシはシャキシャキ。日田の人たちにとって焼きそばと言えばこのスタイルだから、ほかの地域で食べると、「もの足りないな」と思ってしまうのだと言う。さすがソウルフード。この味を、心と体が求めてしまうんだろうな。
■寳屋(たからや)
日田駅前にあり、世代を問わず地元の人に愛される食堂。名物のちゃんぽんは必食だが、鮎のうるかやうなぎの湯引きなどお酒のアテも豊富。
TEL.0973-24-4366
大分県日田市元町13-1
営業時間/11:00~15:00 17:00~21:30(21:00 LO) 不定休
寳屋HPはこちら
■みくま飯店(みくまはんてん)
昼食時には行列ができる日田やきそばの名店。ランチにセットで付いてくる白濁した豚骨スープは最後に焦がしニンニク油を入れて味変を楽しむのが通。
TEL.0973-22-7261
大分県日田市隈1-5-21
営業時間/11:00~18:30(LO) ※月~14:00 水定休
みくま飯店Facebookはこちら
PHOTO/MEGUMI SEKI WRITING/KAYA OKADA
※メトロミニッツ2022年12月号特集「ローカルフードとステイケーション」より転載