木望のまちの あたりまえは 僕たちの特別でした
土地の90%が森林に囲まれた
やさしい町のスポーツ大会
夜の米原駅を発車した東海道新幹線の揺れる車内の窓際の席に座り、僕はさっきまで滞在していた福井県池田町のパンフレットをカバンから取り出してみました。表紙にはこう書かれています。「木望のまちの、あたりまえを見つける旅へ」
僕はこの町で行われる「ゲッター選手権」というスポーツイベントに参加するために、部署の仲間4人と週末を利用して池田町を訪れました。希望を「木を望む」と表するだけあり、池田は木の町。約2300人が住む町の9割が森林に囲まれ、信号は2つ。コンビニはないそうです。でも、どこを見渡しても森がそびえる山間の町の空にはトンボが嬉しそうに飛び、道端にはきれいな秋桜が咲いていました。「見たことないけど、桃源郷ってああいう所なのかもしれない…」と、僕は新幹線の車窓から見える都会の明かりをぼんやりと眺めながら、さっきまでいた町の秋の風景を思い出していました。
町長はこう言います。「人々が共同して暮らす小さな社会だからこそ、人が関わりあえる、相互扶助が生きる町でありたい」。そしてこの言葉を町のみんなが大切にして、この町でしかできないイベントをしようと始まったのが「ゲッター選手権」です。町の木で作られた大きな木の板に4人が乗り、息を合わせて約50メートルを走る速さを競うなんともシンプルな競技なのですが、やってみるとこれが難しかった・・・。
土曜日の予選を21 チーム中12 位となんともパッとしない順位で通過した我らメトロミニッツチームは、日曜の本戦を前に会場で練習に励んでいました。
「あんちゃん、足をもっと上げないと。そう。で、手で握る縄はもっと短くね」
僕たちがコントのようにバタバタしていると、地元の商工会の女性部のおばちゃんたちが専属コーチのように僕たちにアドバイスをしてくれました。
会場には笑顔が溢れ、さながら町の運動会です。お弁当は町でとれたお米(絶品)のおにぎり、おやつは屋台で買ったよもぎ餅に町の水で作られたサイダーをみんなで飲んで…。大人になると運動会はもうないから、それは本当に楽しい1日になりました。
「さっき僕たちにコーチしてくれた商工会のおばちゃんたち、予選通過20 位ですね・・・」
後輩がそれを見つけて、僕たちはまた大笑いしました。みんな会社では見たこともないような顔で笑っていて「運動会ってやっぱり楽しいな」と僕は思いました。
結果は散々でしたが、来年も開催されるゲッター選手権への再訪を誓い、僕たちはそれぞればらばらに町をあとにしました。関係人口って、こうやって静かに作られていくんだなあって、今、しみじみと感じています。
Illustration/YOSHIE KAKIMOTO
※メトロミニッツ2022年11月号より転載